怒らない 戒を守って 欲はなれ 輪廻を終えた 彼はバラモン<624>
○少年少女のためのスッタニパータ<624>
・・・
先生に怒られても
お母さんに怒られても
じっと我慢して聞いている。
その態度は立派でしょう。
第3 大きな章 9.ヴァーセッタ経 31.
○中村元先生訳
624
怒ることなく、つつしみあり、
戒律を奉じ、欲を増すことなく、
身をととのえ、最後の身体に達した人、
──かれをわたくしは<バラモン>と呼ぶ。
○正田大観先生訳
630.(624)
忿激せず、掟あり、
戒あり、〔渇愛の〕増長なき者を
――〔自己が〕調御され、最後の肉体ある者を
――わたしは、彼を『婆羅門』と説きます。(31)
○パーリ語原文
629.
アッコーダナン ワタワンタン
Akkodhanaṃ vatavantaṃ,
怒りのない 禁戒ある
スィーラワンタン アヌッサダン
sīlavantaṃ anussadaṃ;
戒を守る 欲のない
ダンタン アンティマサーリーラン
Dantaṃ antimasārīraṃ,
調御された 最後身の
タマハン ブルーミ ブラーフマナン
tamahaṃ brūmi brāhmaṇaṃ.
彼を私は 呼ぶ バラモンと
○一口メモ
以下の文章は2008年12月に書いたこの偈の解説です。(ダンマパダ400)
今でもこの偈の説明になっていると思いますので再掲載します。
(以下引用)
今回の詩もバラモンの特性について歌われています。先ず、昨日と同じ、「怒らないこと」です。バラモンたるものは、怒らないということは非常に大切な特長です。怒る人はそれだけでバラモンとは言えないです。
怒りについてはこのブログでいろいろ書いてきましたが、思考と関連して考えて見ましょう。人間は外界からの情報を、「早い思考」と「遅い思考」で処理します。
「早い思考」は瞬時に外界の対象を危険かどうか、好きなものかどうか判断するのです。情報の正確性は問題にしません。ですから、ロープを蛇と間違えて逃げる指令を出すことがます。危険でないもの好きなものと判断すると欲が現われます。危険なもの嫌いなものと判断すると怒りが現われます。心の作用ですが、脳で言えば扁桃体を通じて処理されています。スマナサーラ長老は感情のコントロールのために「一旦停止」をするように、言われていますが、これは「早い思考」を止めることです。(「ブッダの教え一日一話」32ページ参照)
「遅い思考」は概念による思考です。これは大脳皮質で処理されます。情報の質は吟味されますがもちろん正確であるとはいえません。「遅い思考」においては主観的な概念で処理されるために、現実とのギャップは常にあります。そのため、常にストレスが生じ、怒りの感情が現われるのです。これは後から来る怒りです。ここにおいても、「遅い思考」の停止をすれば、怒りを止めることが出来るのです。
次の「戒を誓って戒を守り」について。在家の仏教徒であれば、五戒を守ることを誓って、それを実践するのです。この実践によって不幸になることを防げるのです。比丘であれば227の戒律(細かく分類すると数えられません)を守ることを誓って、それを実践するのです。戒律というものは、私たちを拘束して不自由にするもののように思われがちですが、むしろ悪を犯さないように、心穏やかに生活できるように定めたものなのです。また、戒律のおかげで、自己観察が容易にできるのです。
「欲を離れて自制して」も「早い思考」「遅い思考」を停止することで欲から離れることができます。「自制して」は思考を停止することです。これで心を育てられるのです。思考を停止させることはかなり大変なことです。強い意志が必要なのです。これを実践すれば、心は欲や怒りで汚れないため、心は清らかになります。強い心が出来るのです。これは冥想の目的の一つです。
「最後身に達した人」は、もう輪廻転生はしない境地に達した人ということです。すなわち、解脱して涅槃に達したことです。阿羅漢になったということです。彼は当然、バラモンと呼ばれるのです。(以上引用)
2008年12月の解説
http://76263383.at.webry.info/200812/article_8.html
2009年10月の解説
http://76263383.at.webry.info/200910/article_13.html
2013年2月の解説
http://76263383.at.webry.info/201302/article_27.html
怒らない 戒を守って 欲はなれ 輪廻を終えた 彼はバラモン<624>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎雨安居中のゴータミー精舎では火曜日の夜の自主瞑想の始めに「初法輪経」を唱えることにしました。興味がある方は是非参加してください。心が穏やかになり、「眼が生じ、智が生じ、慧が生じ、明らかになり、光が生じる」気がします。(初転法輪経の言葉)
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。
・・・
先生に怒られても
お母さんに怒られても
じっと我慢して聞いている。
その態度は立派でしょう。
第3 大きな章 9.ヴァーセッタ経 31.
○中村元先生訳
624
怒ることなく、つつしみあり、
戒律を奉じ、欲を増すことなく、
身をととのえ、最後の身体に達した人、
──かれをわたくしは<バラモン>と呼ぶ。
○正田大観先生訳
630.(624)
忿激せず、掟あり、
戒あり、〔渇愛の〕増長なき者を
――〔自己が〕調御され、最後の肉体ある者を
――わたしは、彼を『婆羅門』と説きます。(31)
○パーリ語原文
629.
アッコーダナン ワタワンタン
Akkodhanaṃ vatavantaṃ,
怒りのない 禁戒ある
スィーラワンタン アヌッサダン
sīlavantaṃ anussadaṃ;
戒を守る 欲のない
ダンタン アンティマサーリーラン
Dantaṃ antimasārīraṃ,
調御された 最後身の
タマハン ブルーミ ブラーフマナン
tamahaṃ brūmi brāhmaṇaṃ.
彼を私は 呼ぶ バラモンと
○一口メモ
以下の文章は2008年12月に書いたこの偈の解説です。(ダンマパダ400)
今でもこの偈の説明になっていると思いますので再掲載します。
(以下引用)
今回の詩もバラモンの特性について歌われています。先ず、昨日と同じ、「怒らないこと」です。バラモンたるものは、怒らないということは非常に大切な特長です。怒る人はそれだけでバラモンとは言えないです。
怒りについてはこのブログでいろいろ書いてきましたが、思考と関連して考えて見ましょう。人間は外界からの情報を、「早い思考」と「遅い思考」で処理します。
「早い思考」は瞬時に外界の対象を危険かどうか、好きなものかどうか判断するのです。情報の正確性は問題にしません。ですから、ロープを蛇と間違えて逃げる指令を出すことがます。危険でないもの好きなものと判断すると欲が現われます。危険なもの嫌いなものと判断すると怒りが現われます。心の作用ですが、脳で言えば扁桃体を通じて処理されています。スマナサーラ長老は感情のコントロールのために「一旦停止」をするように、言われていますが、これは「早い思考」を止めることです。(「ブッダの教え一日一話」32ページ参照)
「遅い思考」は概念による思考です。これは大脳皮質で処理されます。情報の質は吟味されますがもちろん正確であるとはいえません。「遅い思考」においては主観的な概念で処理されるために、現実とのギャップは常にあります。そのため、常にストレスが生じ、怒りの感情が現われるのです。これは後から来る怒りです。ここにおいても、「遅い思考」の停止をすれば、怒りを止めることが出来るのです。
次の「戒を誓って戒を守り」について。在家の仏教徒であれば、五戒を守ることを誓って、それを実践するのです。この実践によって不幸になることを防げるのです。比丘であれば227の戒律(細かく分類すると数えられません)を守ることを誓って、それを実践するのです。戒律というものは、私たちを拘束して不自由にするもののように思われがちですが、むしろ悪を犯さないように、心穏やかに生活できるように定めたものなのです。また、戒律のおかげで、自己観察が容易にできるのです。
「欲を離れて自制して」も「早い思考」「遅い思考」を停止することで欲から離れることができます。「自制して」は思考を停止することです。これで心を育てられるのです。思考を停止させることはかなり大変なことです。強い意志が必要なのです。これを実践すれば、心は欲や怒りで汚れないため、心は清らかになります。強い心が出来るのです。これは冥想の目的の一つです。
「最後身に達した人」は、もう輪廻転生はしない境地に達した人ということです。すなわち、解脱して涅槃に達したことです。阿羅漢になったということです。彼は当然、バラモンと呼ばれるのです。(以上引用)
2008年12月の解説
http://76263383.at.webry.info/200812/article_8.html
2009年10月の解説
http://76263383.at.webry.info/200910/article_13.html
2013年2月の解説
http://76263383.at.webry.info/201302/article_27.html
怒らない 戒を守って 欲はなれ 輪廻を終えた 彼はバラモン<624>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎雨安居中のゴータミー精舎では火曜日の夜の自主瞑想の始めに「初法輪経」を唱えることにしました。興味がある方は是非参加してください。心が穏やかになり、「眼が生じ、智が生じ、慧が生じ、明らかになり、光が生じる」気がします。(初転法輪経の言葉)
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。
"怒らない 戒を守って 欲はなれ 輪廻を終えた 彼はバラモン<624>" へのコメントを書く