想からの 解脱した人は 後退なく 解脱の境地に 安立するよ<1072>
○少年少女のためのスッタニパータ<1072>
・・・
日常生活で
欲に対するこだわりと
心に悪意を持たないように
気づいていることが大切です。
第5 彼岸に到る道の章 7.ウパシーヴァ経(ウパシーヴァ学生の問い)4.
○中村元先生訳
1072
師は答えた、
「ウバシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、
無所有にもとづいて、その他のものを捨て、
最上の<想いからの解脱>において解脱した人、──
かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」
○正田大観先生訳
1079.(1072)
かくのごとく、世尊は〔答えた〕
「ウパシーヴァさん、〔まさに〕その、一切の欲望〔の対象〕にたいする貪欲を離れた者、
他のもの(他者・他物)を捨棄して無所有〔の境地〕に依存した者、
表象ある解脱における最高のものにおいて解脱した者――
彼は、〔何ものも〕追い求めることなく、そこにおいて、〔すなわち、解脱の境地において〕安立するでしょう」〔と〕。(4)
○パーリ語原文
1078.
サッベース カーメース ヨー ウィータラーゴー
‘‘Sabbesu kāmesu yo vītarāgo,
一切の 欲望に対して 彼は 貪欲を離れ
ウパスィーワーティ バガワー
(upasīvāti bhagavā)
ウパシーヴァよと 世尊は(答えた)
アーキンチャンニャン ニッスィトー ヒトワー マンニャン
Ākiñcaññaṃ nissito hitvā maññaṃ;
無所有を 頼って 捨てて 他のものを
サンニャーウィモッケー パラメー ウィムットー
Saññāvimokkhe parame vimutto,
想解脱において 最高の 解脱した人
ティッテッヤ ソー タッタ アナーヌヤーイー
tiṭṭheyya so tattha anānuyāyī’’.
安住する 彼は そこに 戻ることなく
○一口メモ
今回の偈は前回の疑問文が肯定文に変わっただけです。すなわち、「・・・・・最上の<想いからの解脱>において解脱した人、かれは退きあともどりすることがなく、そこに安住するでありましょうか?」から次の文に変わっただけです。「・・・・・最上の<想いからの解脱>において解脱した人、かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」何故そのように言えるのかと言えば、ブッダが実際に体験した事実だからです。
この偈で特に学ぶべきことは、禅定を究めると言うよりは、偈の前半の「あらゆる欲望に対する貪りを離れ、その他のもの(煩悩)を捨て、」ということを、日常生活のなかでよく気づき、実践することだと思います。
想からの 解脱した人は 後退なく 解脱の境地に 安立するよ<1072>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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日常生活で
欲に対するこだわりと
心に悪意を持たないように
気づいていることが大切です。
第5 彼岸に到る道の章 7.ウパシーヴァ経(ウパシーヴァ学生の問い)4.
○中村元先生訳
1072
師は答えた、
「ウバシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、
無所有にもとづいて、その他のものを捨て、
最上の<想いからの解脱>において解脱した人、──
かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」
○正田大観先生訳
1079.(1072)
かくのごとく、世尊は〔答えた〕
「ウパシーヴァさん、〔まさに〕その、一切の欲望〔の対象〕にたいする貪欲を離れた者、
他のもの(他者・他物)を捨棄して無所有〔の境地〕に依存した者、
表象ある解脱における最高のものにおいて解脱した者――
彼は、〔何ものも〕追い求めることなく、そこにおいて、〔すなわち、解脱の境地において〕安立するでしょう」〔と〕。(4)
○パーリ語原文
1078.
サッベース カーメース ヨー ウィータラーゴー
‘‘Sabbesu kāmesu yo vītarāgo,
一切の 欲望に対して 彼は 貪欲を離れ
ウパスィーワーティ バガワー
(upasīvāti bhagavā)
ウパシーヴァよと 世尊は(答えた)
アーキンチャンニャン ニッスィトー ヒトワー マンニャン
Ākiñcaññaṃ nissito hitvā maññaṃ;
無所有を 頼って 捨てて 他のものを
サンニャーウィモッケー パラメー ウィムットー
Saññāvimokkhe parame vimutto,
想解脱において 最高の 解脱した人
ティッテッヤ ソー タッタ アナーヌヤーイー
tiṭṭheyya so tattha anānuyāyī’’.
安住する 彼は そこに 戻ることなく
○一口メモ
今回の偈は前回の疑問文が肯定文に変わっただけです。すなわち、「・・・・・最上の<想いからの解脱>において解脱した人、かれは退きあともどりすることがなく、そこに安住するでありましょうか?」から次の文に変わっただけです。「・・・・・最上の<想いからの解脱>において解脱した人、かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」何故そのように言えるのかと言えば、ブッダが実際に体験した事実だからです。
この偈で特に学ぶべきことは、禅定を究めると言うよりは、偈の前半の「あらゆる欲望に対する貪りを離れ、その他のもの(煩悩)を捨て、」ということを、日常生活のなかでよく気づき、実践することだと思います。
想からの 解脱した人は 後退なく 解脱の境地に 安立するよ<1072>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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