「教えを聞こうと熱望する」

ワン爺さんの独り言(2016.12.29.)
SRKWブッダのホームページ「覚りの境地」の「正法」の欄にはスッタニパータから三つの偈が引用されています。それらは次の通りです。

● 諸々の尊敬さるべき人が、安らぎを得る理法を信じ、精励し、聡明であって、教えを聞こうと熱望するならば、ついに智慧を得る。(スッタニパータ186.)

● ありのままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でもなく、想いを消滅した者でもない。 ── このように理解した者の形態 (rupa)は消滅する。 けだしひろがりの意識は、想いにもとづいて起こるからである。(スッタニパータ874.)

● ── 無明が頭であると知れ。 明知が信仰と念いと精神統一と意欲と努力とに結びついて、頭を裂け落とさせるものである。(スッタニパータ1026.)

始めのスッタニパータ186について、考察してみましょう。
私のブロブには次のアドレスに記載されています。
http://76263383.at.webry.info/201606/article_24.html
この偈は第1章の10番目のアーラヴァカ神霊経の中にある6番目の経です。
アーラヴァカ神霊がブッダに五つの質問するのですが、仏教的には「ひとはいかにして智慧を得るのであるか?」という問いが一番大切でしょう。
それに対するブッダの答えがこの186偈で、正法と指摘されているのです。
私の今の理解では、「教えを聞こうと熱望すること」これが正法の一つだと思います。


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