小さなうちに悪をとどめて

ワン爺の独り言(2017年8月20日)
小さな悪、ちょっとした悪、出来心などをに注意して、それを止める重要性をこの理法では述べられています。小さなうちに悪を止めることが重要な修行なのです。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou197.htm



(以下引用)

【小さなうちに悪をとどめて】



悪をとどめることは難しい。悪は極小さいものから始まり、軽んじているうちに知らずに大きくなって、気づいたときにはどうしようもなくなってしまうものであるからである。



人は、善かれと思って悪を為すことがある。自分では善いことをしたと思い、歓喜につつまれて、笑いながら悪を為すことさえあるのである。



聡明な人は、悪を軽んじてはならない。自身から起こり自身から現れた悪が、極小さなうちにそれをとどめよ。それによって、山ほどもある大きな怒りや海のように深い悲しみをも制することができるからである。


(以上引用)



*ワン爺のコメント
「悪をとどめることは難しい。」は確かにその通りです。ダンマパダ163番に「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、善いことは、実に極めてなし難い。」(中村元訳)という偈があります。それが何故なのか省察することは重要ですが、ここでは「悪はなし易い」ということについて考えましょう。その逆である悪を止めることは難しいのです。

話は少しそれますが、仏教では悪を止めることを善をなすことというのです。例えば、十善行は全て、十悪行をしないことです。殺生は悪行ですが、殺生をしないことが善行です。いわゆる、一日一善のように何か良いことを一つするという意味ではないのです。

なし易い悪は、いつ行ってしまうかわからないのですから、いつも自分自身の行いに注意しておかなければ、悪を止めることはできません。

この理法では、悪をとどめることは難しいので、小さいうちにとどめないなさいと述べているのです。

また、悪を止めることができたら、「山ほどもある大きな怒りや海のように深い悲しみをも制することができるからである。」ということも知っておくことも重要です。この言葉から勇気をもらえるからです。

ちなみに、十悪行は以下の通りです。十善行は十悪行をやらないことです。
①殺生(殺す)・②偸盗(盗む)・③邪淫(邪な行為をする)・④妄語(嘘を言う)・⑤両舌(噂を言う)・⑥綺語(きご:無駄話を言う)・⑦麁悪語(そあくご:悪口を言う)・⑧瞋恚(心で勝手に妄想する怒り)・⑨貪欲(心で勝手に妄想する欲)・⑩邪見(間違った見解を持つ)。

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