一つの常不軽菩薩縁起

ワン爺の独り言(2017年12月22日)
私はSRKWブッダの理法を大乗仏教か初期仏教かという区別をせずに、本来のゴータマ・ブッダの教えの延長線上にあるものだと考えてきました。それは間違えないことですが、今回の理法はかなり大乗仏教に近いものだと思います。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou313.htm



(以下引用)

【一つの常不軽菩薩縁起】

自らニルヴァーナに近づいた人と、他の人をニルヴァーナに近づけた人と、 どちらが功徳が大きいかと言えば、後者であろう。何となれば、後者には他の人の道を誤らせる危険も伴う。それを知りつつ、敢えて、自分の名誉と識見にかけ て他の人を正しい道に斡旋したならば、その功徳は量り知れない。

これも、一つの常不軽菩薩縁起だと言ってよいであろう。

[参考]
  → Ud116 正しく歩め(常不軽菩薩縁起)
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/udana116.htm


(以上引用)


*ワン爺のコメント
「常不軽菩薩」についてご存知でない方もおられると思いますから初めにコトバンクからその意味を以下に引用します。
「『法華経』に登場する菩薩の名。彼は人をみると「私はあなた方を尊敬して決して軽くみることはしない。あなた方はみな修行して仏陀となる人々だから」といい,人々にはずかしめられ打たれると,その場を逃げ,離れた場所から再び同じ言葉を繰返したという。そこでこの名がある。」

大乗仏教の発生は、テーラワーダ仏教の批判から始まったと思います。何事も組織ができて理論が確立すると、本来の意味が形骸化される傾向があります。それは歴史の必然だろうと思います。テーラワーダ仏教についてもその例外ではなかったのだと思います。もちろんそれは大乗仏教についても言えることです。(個人の思想的な変遷も同様な現象があると思います。それは私の個人的な思想を振り返ってみると確かにその通りです。)

私が最初に仏教に関心を持ったのは、中学校の国語で宮沢賢治の「雨にも負けず」を学んだ時からなのです。私はなぜ宮沢賢治はあのように考えるのか理解できませんでした。なぜなのか先生にも質問しました。

あれから、何十年かして、恥ずかしいことに宮沢賢治を否定してテーラワーダ仏教の比丘になりました。その今やっと宮沢賢治の思想は「常不軽菩薩」の精神だったのだとわかりました。

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