テーマ:短歌

身体と言葉と心静めたる比丘は静寂者と呼ばれる

ダンマパダ 378 身体を静め 言葉を静め 心を静め よく統一し 世財を吐き出した比丘は 静寂者と呼ばれる ○この詩から学ぶこと  東京都八王子市に正山寺釈迦牟尼国際仏教センターがあります。そこの住職様のスリランカ人のダンミッサラ大長老は、私の顔を見るとどういう訳か「世界はどうですかね?」と上手な日本語で私に…
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ジャスミンの枯れたる花が落ちるよう欲と怒りからぱらっと離れよ

ダンマパダ 377 ジャスミンの枯れた花が 落ちるように 比丘たちよ そのように欲と怒りから離れよ ○この詩から学ぶこと  ジャスミンの花は朝咲き、夕方に茎から離れて地面に落ちるそうです。日本では、香りのよい花に金木犀がありますが、あの花も盛りを過ぎたころ地面を覆いつくすように落ちるのは毎年見ます。いつまでも茎や…
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善友と共に生活善なせば楽しみ多く苦を終わらせる

ダンマパダ 376 善友を歓迎し 善行を行うならば それ故に、喜悦が多く 苦を終わらせるだろう ○この詩から学ぶこと  この詩は、ダンマパダ368番から378番の一連の詩の最後なのです。これらはソナ長老たちの前にあらわれた釈尊が説法した時の詩であるといわれています。復習のためにまとめの短歌を再掲します。 比…
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感覚をよく観察し戒守り満足知って善友と親交

ダンマパダ 375 ここに、智慧を得た比丘の 最初にすべきことがある 感覚を守る、満足している 戒律は遵守する 生活が清浄で怠けない 善友に親しむ ○この詩から学ぶこと  悟りには、第一段階の預流果、第二段階の一来果、第三段階の不還果、第四段階の阿羅漢果があります。(「初期仏教キーワード」47~51ページ参照…
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生命の構成要素の生滅を触知したなら不死の境地だ

ダンマパダ 374 五蘊の生滅を 触知したならば 不死を知った人の 喜悦を得る ○この詩から学んだこと  釈尊は生命の構成要素を五つに分析されました。それを五蘊と言います。それぞれは、色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊です。色蘊は肉体です。受蘊は感覚です。想蘊は概念と考えておけばよいでしょう。行蘊は感情または衝動です。…
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冥想で自分の心よく見ると人の知らない楽しみがある

ダンマパダ 373 人のいない所に入って 心を静めた比丘が 法を正しく観察すると 人間の知らぬ喜楽がある ○この詩から学ぶこと  釈尊はこの詩でも冥想をすることを勧めておられるのです。静かなところに行って、冥想しなさいと仰られているのです。  「法を正しく観察すると」の法は仏教用語の法は多義でありますが、こ…
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修行者の智慧と定とは両足だ 両足あれば涅槃に行ける

ダンマパダ 372 智慧がない者には定はない 定がない者には智慧はない 定と智慧のある者は 涅槃の境地のすぐそばだ ○この詩から学ぶこと  智慧と定の関係は、虫眼鏡で物を見る時のことを考えるとよく理解できると思います。虫眼鏡のレンズの焦点を見る対象にぴったりと合わせると、見る対象が拡大されて、しかもはっきり見るこ…
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冥想を放逸しないで実践し欲望に勝ち苦しむなかれ

ダンマパダ 371 比丘よ、冥想しなさい、放逸であってはならない 欲望の対象に心を迷わせてはならない 放逸によって鉄丸を呑み込んではならない 焼かれながら、「これが苦だ」と泣いてはならない ○この詩から学ぶこと  今回の詩は単刀直入に、「冥想しなさい」と教えています。釈尊は丁寧に、一人ひとりに応じた説法をされまし…
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一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢

ダンマパダ 370 五つを切れ、五つを捨てよ 五つをさらに養成せよ 五つの執着を超えた比丘は 暴流を渡った人と言われる ○この詩から学ぶこと  「五つを切れ」の五つは「五下分結」と言われ、1.有身見 2.疑 3.戒禁取 4.欲愛 5.激怒の五つです。(「初期仏教キーワード」150~152ページ参照)  「五…
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比丘たちよ 舟から水を汲み出せよ 無漏の舟は悟りに達する

ダンマパダ 369 比丘よ、この舟から水を汲み出せ 汲み出せば、速く進むだろう 貪欲と怒りを汲み出せば 涅槃に到達するだろう ○この詩から学ぶこと  「この舟」とは「自分」のことです。「水」とは「煩悩」のことです。舟から浸水した水を汲み出せば、舟は沈むことなく、舟は軽くなって速く目的地に到達します。そのように、自…
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比丘たちは慈悲の心で生活し業のできない境地体得

ダンマパダ 368 慈しみの心で生活し 仏陀の教えを確信する比丘は 業ができない安楽な 静寂の境地に到達するだろう ○この詩から学ぶこと  慈しみの心で生活することは、比丘の生き方の基本です。では慈しみの心とはどんなものなのでしょうか? その心の出発点は「私は幸せでありますように」という気持ちです。その気持ちは心…
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心にも肉体にも我がものと思う心がない彼は比丘

ダンマパダ 367 心にも身体にも 私のものという思いがなく その思いがなくとも憂いがない その人は比丘と呼ばれる ○この詩から学ぶ  何年か前に、「私とは何か?」とか「私探しの旅」とかいう言葉ははやったことがありました。なにを隠そう、この私もそれにはまっていたことがありました。この肉体が私なのか。肉体が私ではな…
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得たものは少なかろうと満足し清らかな比丘賞賛される

ダンマパダ 365、366 自分の得たものを軽んじないように 他人の得たものを羨まないように 他人が得たものを羨む比丘は 禅定に達しない たとえ得たものは少なくとも 自分が得たものを軽んじない比丘 怠ることなく清く生きる彼を 神々は賞賛する ○この詩から学ぶこと  「自分の得たものを軽んじないように」…
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法悦と法楽を知り法を思惟し法を随観する比丘は善し

ダンマパダ 364 法を喜び、法を楽しみ 法を思惟し 法を随観する比丘は 正法から逸脱しない ○この詩から学ぶこと  この詩が出来た由来の物語があります。釈尊の寿命が終わりに近づいた時、釈尊は「比丘たちよ、私は四ヶ月後に、完全涅槃に入るであろう。それまでに疑問があれば何なりと聞くがよい。」と告げられました。すべて…
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落ち着いて経典の意味説く比丘の語る言葉は甘味なりけり

ダンマパダ 363 口を制御し、経典を語り 落ち着いている比丘が 意味と教えを明らかにする その語られる言葉は甘味です ○この詩から学ぶこと  昨日、東京八王子市の正山寺でカティナ衣式の法要の二日目が行われました。スマナサーラ長老はその説法の中で、次のことを仰られました。「言葉は不完全です。言葉は事実をありのまま…
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手と足と言葉の制御を喜んで 独居に満足する彼は比丘

ダンマパダ 362 手を制御し、足を制御し 言葉を制御し、最高に制御する 内心に喜び、心を統一して 独居を満足する彼を比丘と言う ○この詩から学ぶこと  昨日、比丘の形式的な定義について、仏法僧に帰依して出家が守るべき戒を受けた男子と述べましたが、この詩では比丘は何をするのか述べています。  比丘の身体によ…
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一切のところで制御する比丘は 一切の苦から解放される 

ダンマパダ 360,361 眼において制御することは善いことです 耳において制御することは善いことです 鼻において制御することは善いことです 舌において制御することは善いことです 身において制御することは善いことです 語において制御することは善いことです 意において制御することは善いことです 一切処において制御す…
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田の草のような貪欲のない人に 施しすれば果報は大きい

ダンマパダ 356~359 田畑に雑草があるように 人々には貪欲という欠点がある それ故に貪欲のない人に布施すれば 大きな果報がある 田畑に雑草があるように 人々には怒りという欠点がある それ故に怒りのない人に布施すれば 大きな果報がある 田畑に雑草があるように 人々には愚鈍という欠点がある それ故…
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財産は愚かな者を殺すなり 無執着の人は殺せない 

ダンマパダ 355 財産は愚か者を殺す 涅槃を求める人は殺さない 財産への渇愛によって愚か者は 他人のように自分を殺す ○この詩から学ぶこと  最近、2500年前に釈尊が指摘した通りの事件が起きました。宝くじで2億円当たった女性が、それを知った男に殺されたのです。これは2億円が彼女を殺したと言っていいのだと思…
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肉体は清浄であると見る人は渇愛増えて執着強まる

ダンマパダ 349,350 思考が混乱して激しい貪欲で (肉体を)清浄と見る人は さらに多くの渇愛が増え たしかにこの執着が強まる しかし思考が静まることを楽しみ (肉体を)不浄であると常に気付いている人は この悪魔の拘束を断ち切って たしかにこれを終結させるであろう ○この詩から学ぶこと  「こ…
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前をすて後を捨てて中間を捨てた衆生の心は自由

ダンマパダ 348 前を捨てよ、後を捨てよ 中間を捨てよ、彼岸に至った衆生は あらゆることに心は解放されて 再び老死に近づかない ○この詩から学ぶこと  外国語を日本に訳すとい作業にはいろいろ難しい問題があります。特に詩の場合はその問題点は増えます。ダンマパダの詩は、釈尊あるいは他の阿羅漢が説法の中で生まれたもの…
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貪欲に染まった人は蜘蛛の巣にからまるが賢者断ちて進む

ダンマパダ 347 貪欲に染まった人たちは流れに落ちる 蜘蛛のように自分の作った巣に 賢者たちはこれさえも断ち切って 執着しないで、一切の苦を捨てて進む ○この詩から学ぶこと  この詩も省略があり、仏教でよく使う比喩の意味を知らないと分かりにくいところがあります。少し補足して説明しましょう。詩をそのように説明する…
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財産や子や妻への執着捨てて賢者遊行する

ダンマパダ 345,346 鉄製、木製、麻製のものを 強固な拘束と賢者は言わない 宝石や耳飾への執着と 子供や妻への愛情は 引力のある、ゆるやかだが 強固な拘束だと賢者は言う これさえも断ち切って賢者は遊行する 執着することなく、愛欲と快楽を捨てて ○この詩から学ぶこと  「鉄製の手錠や鎖、木…
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欲のない人となりながら還俗し束縛されて悩み苦しむ 

ダンマパダ 344 無欲の人になりながら欲に向かう 欲の林からぬけながら欲の林に走るこむ 解放されて、また束縛される 来て、その人を見なさい ○この詩から学ぶこと  この詩については初めに、この詩の出来た因縁物語を紹介しましょう。  「マハーカッサパ長老の弟子にある比丘がいました。その比丘は修行して第四禅定…
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渇愛に捕まった人は震えてる わなにかかった兎のように

ダンマパダ 342、343 渇愛に捕まった人々は わなかかった兎のように震えてる 欲望の対象に執着する衆生は なんどもなんども苦に到る 渇愛に捕まった人々は わなにかかった兎のように震えてる それゆえ、渇愛を除去しなさい 自分の離貪を望む人は ○この詩から学ぶこと  毎朝、わたしの部屋の窓辺にスズメが…
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渇愛は三十六の流れなり欲に基ずく見解運ぶ(339)

ダンマパダ 339、340、341 快に向って流れる 三十六の激しい渇愛があるならば その貪欲に基づく思考は 悪い見解を運んでくる 渇愛の流れはどこにでも流れ 葛のような渇愛は根を伸ばし芽を出す その繁茂する葛を見て その根を智慧によって切り取れ 人の喜悦は 渇愛の流れと愛着にある 彼らは快に依存し楽を…
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渇愛の根の根絶がない限りこの苦しみはまた現われる

ダンマパダ 338 根が害がなく強固ならば 幹が切られても再び成長するように 渇愛の潜在力が根絶されない限り この苦しみは何度も現われる ○この詩から学ぶこと  草を取るときは根から引き抜かなければ、またすぐに草は生えてきます。他の喩えで言えば、堤防に蟻の穴ほどの小さな穴があれば、堤防は崩れてしまうのです。渇愛は…
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草の根を掘り起こして枯らすように渇愛抜いて幸福であれ

ダンマパダ 337 私はここに集まった皆に説く 幸福であれ ビーラナ草の根のように 渇愛の根を掘り起こせ 君たちよ、葦が流されるように 繰り返し悪魔に破壊されるな ○この詩から学ぶこと  この詩は釈尊が、精舎に集まった比丘や在家の信者さんに説法している様子から始まります。  釈尊は「皆さんが幸せでありま…
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執着の基の卑しき渇愛に打ち負かされて憂いが増える(335)

ダンマパダ 335、336 世の執着の基である卑しい渇愛が 彼を打ち負かすならば 雨に降られたビーラナ草のように 彼の憂いは増える しかし、世の征服し難い卑しい渇愛に 彼が打ち勝つならば はすの葉の水滴のように 彼から憂いが落ちる ○この詩から学ぶこと  上の二つの詩では、渇愛を「執着の基である」と「…
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気付きなく果実求める猿のよう渇愛増やせば輪廻続ける

ダンマパダ 334 気付きのない行ないをする人は 葛のつるのように渇愛が増える 彼は森の猿が果実を求めるように あちらこちらの世界を輪廻する ○この詩から学ぶこと  今回のダンマパダ334番の詩から359番までは「第24章 渇愛」です。渇愛の意味はこの章にある26の詩から理解できると思います。  さて、…
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