ワン爺の独り言(旧困った時はダンマパダ)

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zoom RSS あてにせず あがめもしない バラモンは 彼岸に渡って 帰ってこない<803>

<<   作成日時 : 2015/02/23 04:05   >>

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○少年少女のためのスッタニパータ<803>
・・・
どんな人にも寛容で
どんな人も悲しませない
彼は覚った人だろう
彼は生まれ変わることはない


第3 八つの詩句の章 4.最上八詩句経 8.

○毎田周一先生訳
803.
彼等は何も当てにせず 何かを取り出してあがめもしない
色々の教えさえも彼等は受けない
このように道に達した人達は 徳行などを人生の筋道として生きてゆかない
このような人は既に彼岸に渡って もう帰って来ない


○中村元先生訳
803
かれらは、妄想分別をなすことなく、(いずれか一つの偏見を)特に重んずるということもない。
かれらは、諸々の教義のいずれかをも受け入れることもない。
バラモンは戒律や道徳によって導かれることもない。
このような人は、彼岸に達して、もはや還ってこない。


○正田大観先生訳
810.(803) 
〔特定の何かを〕想い描かず、〔特定の何かを〕偏重せず、
諸々の法(見解)もまた、彼らには受容されない。
〔真の〕婆羅門は、戒や掟によって導かれない。
彼岸に至った如なる者は、〔特定の見解を〕信受しない(この世に戻らない)。ということで――(8)


○パーリ語原文
809.(803)
ナ    カッパヤンティ   ナ    プレッカローンティ
Na    kappayanti      na    purekkharonti,
ない  分別し(ない)    ない  尊重し(ない)

ダンマーピ   テーサン    ナ   パティッチターセー
dhammāpi    tesaṃ      na    paṭicchitāse;
教えも      彼らに      ない  受容され(ない)

ナ     ブラーフマノー    スィーラワテーナ    ネッヨー
Na     brāhmaṇo       sīlavatena        neyyo,
ない    バラモンは      戒・掟によって     導かれ(ない)

パーランガトー   ナ    パッチェーティ    ターディーティ
pāraṅgato       na    pacceti         tādīti.
彼岸に渡った者   ない   戻ら(ない)      この様な・と


○一口メモ
この偈の一行目は前回の「清浄八詩句経」の794番の一行目と似ています。

その訳は毎田先生の場合、「彼等は何かを当てにせず 又何かを取り出してあがめることもなく」でした。また中村先生は「かれらははからいをなすことなく、(何物かを)特に重んずることもなく、」でした。正田先生は「〔特定の何かを〕想い描かず、〔特定の何かを〕偏重せず、」でした。今回と三者ともほぼ同じです。

私は何を言いたいのかと言えば、「清浄八詩句経」では、この一行目を前提にしても、彼等のどのようなになったかの結論は出ていなかったのです。しかし、今回の「最上八詩句経」では、このような人は「彼岸に達して、もはや還ってこない。」という結論が明確しています。すなわち彼等は解脱して、輪廻を脱して、もう生まれかわることがないと述べているのです。

スッタニパータ第4章は「1.欲望経」、「2.洞窟八詩句経」、「3.悪意八詩句経」、「4.清浄詩句経」、「5.最上八詩句経」と続いてきましたが、この経は前半の結論の経になっていると思います。明日からは「6.老経」が始まります。


あてにせず あがめもしない バラモンは 彼岸に渡って 帰ってこない<803>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


〜〜〜〜〜〜お知らせ〜〜〜〜〜〜

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090−2311−9317に御連絡下さい。


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
価値観にしがみついても、物あるいはものの価値は変わります。

従って、価値を追求しても苦はなくなりません。

物質的な物、あるいは思考や知識などに価値を追求しても「生きる目的に達した。為すべきことは為し終えた」とは到底思えません。

彼岸に渡ってない立場では概ねこのような循環に陥るのでしょう。

2015/02/23 04:39
おはようございます。
ワンギーサ長老の分かり易い解説「・・彼等は解脱して、輪廻を脱して、もう生まれかわることがない・・」から、解脱して涅槃に入る為に必要な事が明確に分かるように思いました。
そうなる迄には、おいそれ・・とは行かないと思いますが、それを目指して精進して参りたいです。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
身の丈修行者
2015/02/23 07:48
瞑想中での体験にも囚われない(執着しない)ことが
大切なのだと理解しました。
りんご
2015/02/23 10:50
覚った人になれたら、輪廻を繰り返す様なエネルギーが出ず、たまらない印象を感じました。俗世間人の私は、その輪廻を繰り返すエネルギーを出し、ためている状態だと思います。その時々の今の状態から、全てに寛容で悲しませない生き方が出来る様に努め、そして輪廻を繰り返すエネルギーを止めれるようにしたいです。
こころざし
2016/10/08 09:52

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