ワン爺の独り言(旧困った時はダンマパダ)

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zoom RSS 苦のありかとその滅尽(苦は意外なところに潜んでいる)

<<   作成日時 : 2017/04/22 04:18   >>

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ワン爺の独り言(2017.4.22.)
苦のありかとその滅尽(問題になる苦は意外なところに潜んでいる)。覚りの境地を求める方はこの理法を是非読んで下さい。このSRKWブッダの理法を受け入れることができた方は必ずその境地に達するはずだと私は信じています。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou092.htm


(以下引用)
【苦のありかとその滅尽】

苦を感受した世人は、苦を捨てようとしてもがき、苦を以て苦を捨てようとさえする。その一方で、苦を明らかに知った明知の人(賢者)は、苦から逃げ出すことなくその真実をこころに見極め、苦をそのままに放置することなく対峙し、苦を超克することを願い、ついに苦の完全なる解決をこころに見て、解脱し、期せずして苦を終滅するに至るのである。

ところで、人の根本の苦は、世人が苦と感受するようなそれぞれの苦の中に存在するのでは無く、実は世間における楽味(味著されるもの)の中にこそ潜んでいる。しかし、世人は根本の苦を楽味として甘受しており、苦とは認知してはいないのである。したがって、苦の真実が、世間におけるそれぞれの苦の如何なる演繹によっても、あるいは如何なる帰納によっても、見い出され得ないのは無理からぬことである。

さて、一切の苦の終滅は、苦が楽味(味著)の中にこそ潜んでいることを識り、衆生には苦が楽味として感受されているのであるという世のありさまを如実に見ることから始まる。そのような苦を見た人が、楽味そのものから出離することを願う心を起こし、苦にまつわる楽味への欲心をおさめつくして、悪をとどめたとき、かれはついに苦の根本要因を消滅せしめるに至るであろう。

苦は、まさかのところにある。しかし、まさかのところにある苦を明からめたとき、苦は終滅へと導かれる。これが覚りのプロセスに他ならない。こころある人は、苦のありかを突き止め、苦の根本要因たる無明を破って、一切の苦悩から解脱せよ。
(以上引用)


※ワン爺のコメント
この理法では「人の根本の苦は、世人が苦と感受するようなそれぞれの苦の中に存在するのでは無く、実は世間における楽味(味著されるもの)の中にこそ潜んでいる。」と述べられています。
この事実は多くの人々にとって認知されにくく、受け入れ入れないことであると思います。例えば、甘い物の食べ過ぎの原因であると言われても、甘い物の好きな人にとっては受け入れがたいことでると思います。また、この例は分かりやすいものですが、瞑想の好きな人にとって瞑想がその人の根本の苦が瞑想にあるとは信じられないことだと思います。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
楽味、味著あまり聞きなれない言葉です。調べたところ、原始仏典では「小苦蘊経」、「大苦蘊経」の中で取り上げられていました。
中部→根本五十篇→根本法門品→獅子吼品→「小苦蘊経」「大苦蘊経」
ネットでは「光明寺 経蔵」http://komyojikyozo.web.fc2.com/ で閲覧できました。
クリームコロッケ
2017/04/22 06:37
おはようございます。
書き込み失礼いたします。

この理法に触れて、こんなことばを見つけました。
『ブッダ悪魔との対話サンユッタ・ニカーヤU』中村元訳 岩波書店より
第Z篇 第一章 敬わるべき人
第一節 ダナンジャーニー
(省略)

〔尊師いわく、〕
 「怒りを断ったならば、ひとは安らかに寝る。怒りを断ったならば、ひとは悲しまない。毒の根であり、しかも最上の甘味である。その〈怒り〉を殺すことを、立派な人々は称め讃える。それを断ったならば、悲しむことがない。バラモンよ。』
(以上、引用を終わります。)
ここでは、怒りを『最上の甘味』と説かれています。ひとは怒りを最上の甘味だなんて!と衝撃でした。
てくてく
2017/04/23 09:23

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