ワン爺の独り言(旧困った時はダンマパダ)

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zoom RSS ひねくれた心を正すのは、容易ではない。

<<   作成日時 : 2017/04/07 04:23   >>

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ワン爺の独り言(2017.4.7.)
「ひねくれた心を正すのは、容易ではない。なぜならば、ひねくれた心を、別の誰かが正してあげることは出来ないからである。」とSRKWブッダは言われます。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou078.htm

(以下引用)
【ひねくれた心】
ひねくれた心を正すのは、容易ではない。なぜならば、ひねくれた心を、別の誰かが正してあげることは出来ないからである。ひねくれた心は、かれ自身が自分がひねくれていることに気づき、過去から現在にかけて自ら生じ、心に癒着するに至ったさまざまな心理的障害を取り払わんと願い、自らが自らにうち勝って、自らが自らの心を制し、他ならぬ自らが自らひねくれた心を直くするしか方法がないのである。

しかしながら、もし人が、ひねくれた心を有し、それが真実の心だと(否応なくも)誤解して、そのひねくれた心を後生大事に抱え込んでいる人を(まさしく愚かしく)見かけたならば、かれに対して無量の慈しみの心を以て、また他人事ではないという立場で助言・忠告すべきである。そして、その反対に、すなわち自分が他の人から助言や忠告を受けたならば、聞く耳を持つべきである。これらそれぞれのことがらは、道の歩みの確かな糧となるものであるからである。

聡明な人は、世のひねくれた心を正す勇気をもった心健き人であれ。
(以上引用)


※ワン爺のコメント
「釘箱の釘がみんな曲つて居る」という自由律俳句の俳人尾崎放哉の句があります。この句の釘は実際の釘という意味もありますが、作者が自分自身の心を釘に例えているように思います。さて、実際の釘ならば、曲がっているのが見えますが、心は曲がっているかどうか分かり難いものです。心は見えないからです。ひねくれた心を直すには、先ず自分の心がひねくれていることに気づく必要があります。またそれからも困難なことなのです。

「ひねくれた心を正す勇気をもった心健き人」について、ダンマパダ103番では次のように表現しています。「戦場において百万人に勝つよりも、唯だ一つの自己に克つ者こそ、じつに最上の勝利者である。」(中村元先生訳)
私は次のアドレスのブログ記事でその偈を解説しました。
http://76263383.at.webry.info/201001/article_20.html


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