石法如来の寄稿:すでに、新型コロナは終わっている。(その1)

 最近私は、鼻風邪を引いたようで鼻水が沢山流れ出て来ました。2日ほど症状が続き、やっとそれも治まり現在は異常がありません。
自分なりに、現在流行のオミクロンに感染し自分自身の免疫がしっかり作用し、鼻腔に侵入したウィルスが死滅し流れ出されたものと観察しました。
 
大阪市立大学の名誉教授、井上正康氏によると新型コロナウィルスは変異に変異を重ね、結局日本において元々存在した土着の風邪ウィルスと似たような型式になっていると語られています。
一つ前の(新型コロナ)デルタ株では、肺にまでウィルスが侵入・感染し重篤化・死亡する怖れが高かったものの、オミクロン株においてウィルスは鼻・喉の粘膜に結合するので、リスクの高い高齢者(や既往症を持つ者)以外特段心配のいらないもののようです。
 
私は、2020年春武漢で騒ぎが起こった頃から「新型コロナ」を追いかけて参りましたが、個人的にこの騒動は医学的(ウィルス面)に見て「すでに終わったもの」と考えています。
丁度、タイミング良く田中宇(たなかさかい)氏の国際ニュース解説(1月20日版)が配信され、「コロナ愚策をやめた英国」という記事を読み更に納得を深めたところです。
 
記事を(一部)紹介します。(以下、記事引用)
「英国のボリス・ジョンソン首相が1月19日、新型コロナに関する政策を大幅に見直した。イングランドは即日開始し、スコットランドなど自治を持つ諸地域はそれぞれに最終決定するが、これは全英的な措置になる。新措置の中心はコロナワクチン強制と接種旅券体制の廃止で、1月26日までの期限になっている今の接種旅券体制を更新せず終わらせる(医療者に対してだけはワクチン強制が続く)。
 
屋内でのマスク義務も1月20日から解除する。企業などの従業員に対するリモート勤務の強制策も廃止し、コロナ愚策の柱だった都市閉鎖とワクチン強制が終わりになる。ワクチン非接種者に対する行動規制や自宅軟禁策は3月24日まで続く。
だが接種旅券体制が終われば、非接種者に対する規制は実効性がなくなる。1月中に、接種せずマスクをしなくても取り締まられずに街や店内を闊歩できる。
 
コロナ愚策にはもうひとつ、偽陽性など誤診断を多発させるPCR検査を絶対の判定とみなしてゼロコロナ策をやるという領域がある。この側面についてジョンソンは具体的なことを言っていない。だがジョンソンは、それよりも包括的で重要な宣言を発している。「(ほとんど重症化しない)オミクロン株の感染が山を越え、新型コロナは(パンデミック=危険な世界的感染症から)エンデミック(ヒ
トが共存できる大したことない風土病)に変わった(Covid becomes endemic)。
 
そのため英政府はコロナ対策を、法的な強制から、人々が政府の忠告を受けつつ自分で慎重に判断するものへと変えることにした」という趣旨を、ジョンソンはさらりと宣言した。ジョンソンは、コロナが英国でエンデミックになったと明言している。これは重大だ。」(以上、記事引用終わり)
 
この短い記事を読めば、すでにコロナパンデミックなるものは終息していると受け止めることが出来ますが、ことはそう単純ではありません。
私が記事で、「すでに、新型コロナは終わっている。」と書いたのは、あくまで医学(感染症学)的見地から見た側面、すなわちウィルスの実体から考えた判断に過ぎません。
 
ウィルスの状態から判断して、オミクロン株はすでに人類に重篤な病気状態に陥らせる毒性(や特性)は大幅に低下していると判断出来るものの、マスコミなどを通して人々(一般大衆)に植え付けられた「恐怖心」は、簡単に取り除くことが出来ないという大きな問題が日本国内には存在しているからです。
むしろ、人間の精神面(この場合は恐怖心)の方が、解決に時間がかかり厄介で難しいものがあると考えます。
(つづく)
 
参考動画
https://www.youtube.com/watch?v=EgtGGae4LW4
【第1部】今の日本で起きているコ○ナ騒動の真実を大阪市立大学名誉教授の井上正康先生に最新科学情報をもとに解説していただきました!【心理カウンセラー則武謙太郎】
https://www.youtube.com/watch?v=VZUVG6mpnu8
【第2部】これまで日本が行ってきたコ○ナ対策の実態とPCR検査の裏側で起きていたことを大阪市立大学名誉教授の井上正康先生に分かりやすく解説していただきました!【心理カウンセラー則武謙太郎】


*法津如来のコメント

全くこの通りだと、私も思っています。


私の大切な言葉:棋士 羽生善治さんの言葉は「玲瓏(れいろう)」

「スタイル アサヒ」(2022年1月号)という小冊子が「私の大切な言葉」という特集を掲載していました。

永世七冠を獲得し、国民栄誉賞も受賞した棋士の羽生善治さんの人生で大切にしている言葉は「玲瓏」でした。

それについてのインタビュー記事には、次のように書かれていました。

「対局数が多く、1局が十数時間に及ぶことがあり、体力的にも精神的にも消耗します。

そのために『玲瓏(れいろう)』という気持ちで臨むことを目指します。

もともとは八面玲瓏という四字熟語です。

風光明媚(ふうこうめいび)な場所のこと、もしくはそれを見た時のおだやかな気持ちのことで、

まっさらな気持ちで重大は曲面での決断・選択をしたいと考えています。」

羽生善治さんもそうだったですね。

だから、永世七冠を獲得し、今も活躍しているのですね。

先日、潜在意識を清らかにするということについて書きましたが、

「玲瓏」とは、潜在意識を清らかになった状態でしょう。

風光明媚な場所に行かなくとも、

今時ですと、朝6時ごろはまだ暗く、空気は冷たく、

東の空には明けの明星が見え、西の空には月が見えます。

そのような時は、「玲瓏」な気持ちになれます。


神様たちが歌っている歌

昨日は久しぶりに「神様が見える子供たち」の動画をみました。

「神様塾初公開!!神様達の歌…初めて聞きました」
https://www.youtube.com/watch?v=swKJen1jl7Y

その歌はかわいいし、そうだなと思いましたので、引用します。

「神様の歌っている歌」

君は安心大丈ぶ

君は安心大丈ぶ

誰にも負けず 強い子だ

みんなやさしい行くのおだ

心よ動け 体よ動け

悪マに負けるな強い子だ

泣いてもいいよ がまんするな

がまんをすれば悪マだ

君は安心 大丈ぶ

君は安心 大丈ぶ

心は広い 受け入れる 

ゴミは捨てろ きたないぞ

心のゴミを捨てるんだ

ゴミは悪マのもとなんだ

ゴミは悪マのもとなんだ

すぐに捨てろ よかったな

また一つへたな


「水の音」

体の音 体の音 聞きなさい

あなたの思いどうなる

あなたの声どうなるの

心は神様 自分だよー 

中の音どうなるのー

体の音 水だよー


心の音 心の音 聞きなさい

あさひのぼる あさひのぼる

心の音を聞きなさい

自分よ 自分よ となえなさい

心の音は水やよー


水は自分をあらわすよー

水を見なさい 自分をうつすだすよー

水の音を聞きなさい



以上です。

石法如来の寄稿:日米開戦「真珠湾攻撃」、アメリカの戦争責任(その5)

☆(動画)(20分32秒)                                          
「これは、1941年7月末にアメリカの指導者達が実際に目を通した通信文で、彼等は日本が置かれている状況を完全に理解していました。
アメリカの暗号学者は、日本の海軍暗号も解読していたので、アメリカの指導者達は日本の攻撃が真珠湾を含むことを知っていました。
 
しかし攻撃を回避したり、防御の準備ができる立場にあったハワイの司令官にはこの重要な情報を伝えなかったのです。ルーズベルトと、その首脳陣が警告を発しなかったのも当然です。
差し迫った攻撃は、まさに彼らが長い間求めていたものだったからです。スティムソンは、1941年11月25日戦争閣僚会議の後、自身の日記に本音を書いています。
 
問題は、われわれ自身をあまり危険にさらさずに、いかにして彼らを操り最初の一発を撃たせるかだった。真珠湾攻撃が起きた後には、スティムソンはこう告白しています。
私の最初の感情は、危機が国民を団結させるような形で訪れてくれたという安堵感だった。
ありがとうございます。」
 
★『日米戦争を』    
「フーバー(第31代アメリカ大統領)は、ルーズベルト大統領の一連の「戦争」への企みを次のように総括します。
 
「ルーズベルトは国民を全く必要もない戦争に巻き込みとんでもない厄災を招いた。エゴイズム、悪魔的な陰謀、知性のかけらもない不誠実さ、嘘、憲法無視。これが彼のやり方に際立っていた。」「彼の不誠実さをはっきりと示しているのは、三年間にわたって、アメリカ国民に若者を戦争に送り出すことはないと約束し続けていながら、実際は参戦に向けた外交を繰り広げていたことである。
 
ドイツには憲法に違反する宣戦布告なき戦いを始めていた。真実とは違う説明で、国民に(ドイツへの)恐怖と憎しみを煽った。不干渉を主張する人々には悪意ある中傷を続けた。
武器貸与法の本当の意図を隠した。日本の反撃を確実にする対日経済政策を行った。近衛(首相)からの和平提案を拒否した。英国との軍事協定でポルトガル(領土)と日本への攻撃を、議会の承認もなく決定した。
 
国民に対して(第一次世界大戦に次ぐ)第二の自由を守るための「十字軍」を要求した。」「歴史は、ルーズベルト氏の政治家としての資質を問い続けるに違いない。・・・共産国家ソビエトとの同盟、太平洋方面での講和を探る動きへの度重なる拒否、国民の恐怖(アメリカが攻撃される可能性)を煽る」「二のスピーチにある嘘、そして最後に強調しなくてはならないのは、わが国の(開戦権限に関わる)憲法の規定への抵触である。こうした問題は、日本が真珠湾を攻撃した、という事実を指摘するだけでえん罪にはならない。」(裏切られた自由)(以上、『引用書籍』141頁)
 
おわりに・・・世界の覇権国家であるアメリカ、そこの大統領と言えど平和を指向する人間もいれば戦争を指向する人間もいるのです。
アメリカ大統領ルーズベルトは、イギリスのチャーチル首相とタッグを組んで世界戦争を仕掛け、ドイツ・日本を潰しにかかり見事に目的を果たすことを得ました。
あまりにも出来すぎた世界戦争へのシナリオ・・・その裏に、見えざる(国際金融資本家の)力が働いていたと考えるのは考え過ぎでしょうか。
(おわり)
 
参考動画 (再掲)
https://www.youtube.com/watch?v=50EhFX9L3VY
【英語・日本語対訳】日米開戦の責任は100%日本にある?日米開戦の真相、禁断のスピーチ |米歴史学者ヒッグス博士 | 2012 | Robert Higgs
 

*法津如来のコメント

石法如来ありがとうございました。

知らされている歴史には、知らされてない歴史があることも忘れてはいけませんね。

知らないないまま、いろいろな判断をし、論争をしたりしますから。

それで、悩んだりします。


石法如来の寄稿:日米開戦「真珠湾攻撃」、アメリカの戦争責任(その4)

☆(動画)(15分05秒)
「ルーズベルトは、ドイツ人全般、特にアドルフ・ヒトラーを嫌い、個人的にも外交的にも親イギリス傾向がありました。
しかしルーズベルトは、1937年にニューディール政策が頓挫するまで、外交政策にほとんど感心を示しませんでした。
 
その後、前例のない3期目の再選を目指すなど、政治的野心を満たすために、外交政策に大きく依存しはじめます。
1930年代後半、ドイツが再軍備と領土拡大を積極的に求め始めると、ルーズベルト政権は英・仏と緊密に協力し、ドイツの膨張に対抗する方策を講じました。
 
1939年に第2次世界大戦が始まると、アメリカの援助はますます増大し「取引」という大義名分で膨大な軍需物資を供給しました。
アメリカの参戦を目前にして、英米の軍部は秘かに共同訓練の計画を立てていました。
米軍は、英海軍と強力して北大西洋でドイツのUボートを挑発することで戦争を正当化できる事件を起こそうとしました。しかし、ヒトラーはその餌に食いつきませんでした。
 
このため、ルーズベルトはアメリカの大多数が反対しているアメリカの本格参戦を実現するための口実を失ってしまいました。
1940年6月、タフト政権下で陸軍長官、フーバー政権下で国務長官を務めたヘンリー・スティムソンが再び陸軍長官に就任しました。
 
スティムソン長官は、親英的なアメリカ北東部の上流階級の名士であり、日本人の友人ではありませんでした。中国に対する「開放政策」を指示し、日本のアジア進出を妨害するために、経済制裁を行うことを支持しました。
ヘンリーモンゲンソー財務長官とハロルド・イケス内務大臣も、この政策を積極的に支持しました。
 
ルーズベルトは、制裁によって日本が米国に対して戦争を仕掛けるという軽率な間違いを犯し、同盟国ドイツも巻き込むことを期待していました。
ルーズベルト政権は、日本が外交的に申し出てきた関係改善を冷たく退ける一方で、日本に対してますます厳しい経済制裁を課してきました。
 
1939年、アメリカは日本との通商条約を一方的に打ち切りました。
1940年7月2日、ルーズベルトは「輸出管理法」に署名し、国防関連物資の輸出管理を強化しました。この法律により、7月31日航空用燃料、潤滑油、第一重溶解鉄、鉄くずの輸出が制限されました。
 
ルーズベルトは、日本を狙い打ちする目的が、10月16日からイギリスと西半球諸国を除き、鉄くずと鉄鋼の輸出を全面禁止としました。
さらに、1941年7月26日ルーズベルトは在米日系人の資産を凍結しました。こうして、日米の通商関係は実質的に消滅しました。
 
その1週間後ルーズベルトは、当時まだ日本が輸入することができていた種類の石油も輸出禁止にしました。イギリスとオランダもこれに続き、東南アジアにある植民地から日本への輸出を禁止しました。
ルーズベルトと部下達は、自分たちが日本をどうしようもない状況に追い込んでいること、日本政府が戦争によってこの締め付けから逃れようとする可能性があることを知っていました。
 
日本の外交暗号は解読されていたので、アメリカの指導者達は豊田外相が7月31日に野村駐米大使に伝達した内容など知っていました。そのメッセージの一部を紹介します。
英米を中心とする第三国と日本との間の通商関係は極度に逼迫してきており、もうこれ以上耐えられない、したがって、我が帝国はその命を守るために、南洋の原料を確保するための措置を講じなければならない。
(つづく)


*法津如来のコメント

上記の石法如来の寄稿中の(動画)とは次の動画です。

https://www.youtube.com/watch?v=qRJ4gcdmWQs
【日本語字幕】日米開戦の責任は100%日本にある?日米開戦の真相、禁断のスピーチ |米歴史学者ヒッグス博士 | 2012 | Robert Higgs


潜在意識を清らかにするとは具体的にはどんな感じのことなんでしょう?

昨日のブログに対して才木広之さんと16さんからコメントがありました。

ありがとうございます。

16さんからは次のコメントです。

「潜在意識を清らかにするとは具体的にはどんな感じのことなんでしょう?」

これは、次の文章に対して思ったことでしょう。

1 人生は自分の思った通りになる。
このことは、法津如来も度々述べていることです。
しかしもっと正確にいうと、潜在意識が思った通りになるということです。
ですから、潜在意識を清らかにする必要があるのです。

たしかに、説明が不十分でした。

「人生は思う通りにならない」というのが普通の考えで、

仏教でも、人生は思う通りならない、これは苦だと教えています。

これを正確にいうと、顕在意識の思う通りにならないということです。

しかし、潜在意識の思ったままになっているのです。

例えば、失敗したくない、失敗したくないと顕在意識では思っているときは、

潜在意識では、失敗するかもしれないと思っているのです。

それで、失敗するのです。

それは潜在意識の思ったままになっているということです。

ですから、潜在意識も絶対に失敗しない。

自分は大丈夫と確信していれば失敗しないのです。

しかし、潜在意識をそのように確信させることはそれほど易しいことではありません。

また「潜在意識を清らかにする」となると、どうするのかということになります。

その一つの答えは、昨日のブログにもありました。

それは、「2 人と比較するから悩みが生まれる。

ですから、人と比較しないようにすることです。」

人と比較しないことによって、潜在意識を清らかにすることができます。

これを繰り返し挑戦してください。

これによって、潜在意識が清らかになります。

また、功徳を積むことです。

功徳を積むことに関しては、過去のブログ記事で度々書いてきました。

参考のために、その一つを紹介します。

SRKWブッダ著「仏道の真実++」功徳を積むこと(1)
https://76263383.at.webry.info/202201/article_21.html

この記事に続いて、「功徳を積むこと」は(1)から(7)まであります。


人生を「シンプルに生きる」あなたらしく生きるためには

今日は、共感できる動画を見つけましたので、それを紹介します。

それは水口清一という方の動画です。

人生を「シンプルに生きる」あなたらしく生きるためには⁉
https://www.youtube.com/watch?v=Q79_5fnynaw

この水口清一氏について、2021年9月20日の「シンクロにスティについて」で言及しました。
https://76263383.at.webry.info/202109/article_20.html

さて、内容は10分程度の動画ですから、見ればわかるのですが、

動画を見れない方のために、要点を書いておきます。

まず前提があります。

それは「人生はシンプルである」ということです。

あるのは事実だけで、「複雑だという人はあれこれ考えるからだ」というのです。

これを前提にして、

1 人生は自分の思った通りになる。

このことは、法津如来も度々述べていることです。

しかしもっと正確にいうと、潜在意識が思った通りになるということです。

ですから、潜在意識を清らかにする必要があるのです。

このことは、人生を振り返ってみるとわかることです。

2 人と比較するから悩みが生まれる。

ですから、人と比較しないようにすることです。

他人は他人、自分は自分です。

一人ひとり、個性があるのです。

人と比較しないで、個性を生かすことです。

あなたは誰とも比較できない、大切な一人なのです。

3 行動しなければ、何も生まれてきません。

「生まれたからには、何かを為そう」と言っています。

この動画には出てきませんが、ダンマパダ53番では、次のように述べています。

「人として生まれて死ぬべきならば、多くの善いことをなせ。」

ですから、何か善いことにチャレンジしてください。

必要なことはこの3つだけですから、

人生はシンプルなのですとこの動画では述べています。


石法如来の寄稿:日米開戦「真珠湾攻撃」、アメリカの戦争責任(その3)

★『日米戦争を』
「1941年8月の大西洋会談の後、ルーズベルト大統領は英米共同の「警告」を野村吉三郎大使に伝えました。これに対して日本政府はルーズベルト大統領に提案を持ちかけました。
それは近衛文麿首相がアメリカと平和的関係を維持することを真摯に願い、この問題を大統領と「平和的精神に基づいて」徹底的に話し合うため、太平洋のどこかで会談することを望んでいるという内容でした。
 
しかしながらルーズベルト大統領は大西洋会談で既にチャーチル英首相に軍事的援助を約束しており、また、英米首脳は日本との折衝を継続することによって日本との戦争に至るまでの時間を遅延させようとの考えで一致していたのです。
この時点で既にルーズベルト大統領は日本に対する表向きの発言と胸中にある考えは異なっていたのです。そしてルーズベルト大統領と少数の政権首脳部は密かに参戦の決意をし、戦争計画の策定を具体的に着々と進めていたのです。」(以上、『引用著書』69・70頁)
 
☆(動画)(11分04秒)
「これらの事実以外にも、数々の事実が確認されていますが、ほとんど新しいものではありません。多くは、1940年代から一般に公開されてきたものです。
1953年頃にはすでに、歴史家ハリー・エルマー・バーンズが1930年代後半から1940年代前半にかけてのアメリカの外交政策について、膨大な資料をもとに編纂して文献を誰でも読むことが出来、第2次世界大戦参戦におけるアメリカの責任をさまざまな側面から示しています。
 
つまり、ルーズベルト政権は自国を戦争に巻き込み、遅かれ早かれ参戦出来るように、さまざまな手段を使って狡猾に動いていたことが分かります。
願わくば、米国が侵略者の一方的な攻撃の犠牲になったように見せかけて、世論を戦争に巻き込む形で、ヘンリー・スティムソン陸軍長官が戦後証言したように「我々には、日本による明白な先制攻撃が必要だった」のです。
 
しかし、この戦争から70年経った現在、このような歴史を知るアメリカ人は1000人に一人、いや一万人に一人もいないでしょう。
あまりに巧妙にルーズベルト、アメリカ、第2次世界大戦が美化されてきたため、アメリカは『善良なる戦争』に参戦したという考えが、教育界や弁論界を完全に支配してきたのです。
 
ここで、今まで述べたことの背景と、いくつかの追加事項を説明したいと思います。
19世紀後半、日本の経済は急速に成長し、工業化が進みました。
日本には、天然資源が殆どないため、急成長していた産業の多くは以下のような資源に頼らざるを得ませんでした。
 
石炭、鉄鉱石、鉄くず、すず、銅、ボーキサイト、ゴム、石油などの輸入原料です。アメリカや欧米諸国の植民地であった東南アジアから原料を輸入出来なくなれば、日本の産業経済は立ち行かなくなる状況でした。
国際貿易を行うことで、日本は1941年までに比較的高度な産業経済を構築していました。
 
ますます強力になる陸軍と海軍を支えるための、コンビナートも建設されました。これらの軍備によって、日本は朝鮮半島で中国北部など太平洋や東アジアのさまざまな地域に勢力を拡大することが出来ました。
これは、アメリカが増大する工業力を利用して軍備を整え、カリブ海や中南米、さらにはフィリピン諸島にまで勢力を拡大したのと同様です。
 
1933年には、フランクリン・ルーズベルトが大統領となり、米政府は、日本人を嫌い、中国人にロマンチックな愛情を抱く男の支配下に置かれました。
ルーズベルトの祖先が、中国貿易で財を成したからだと推測する作家もいます。」
 
★『日米戦争を』
「1941年秋におけるアメリカの最終的な対日方針決定の背後には、ラフリン・カリー大統領行政補佐官と、重慶の国民党政府に顧問として派遣されていたオーエン・ラティモアとの連携工作がありました。
カリー大統領補佐官は「日本とのいかなる合意も、我々がこれまで中国で築いてきた善意を回復不能に傷つけるものだ」とルーズベルト大統領に進言しました。」(以上、『引用著書』73頁)
 
「ルーズベルトの母の一族は、アヘン戦争の頃から支那(中国)でのアヘン貿易を手広く行い財を成しました。」(以上、『引用著書』42頁)
(つづく)
            

石法如来の寄稿:日米開戦「真珠湾攻撃」、アメリカの戦争責任(その2)

☆(字幕)(6分21秒)
「また、日本と戦っていた中国にも、軍用機やパイロットをはじめとする軍事物資の提供や援助を行っていました。
米軍は、英国・英連邦諸国・オランダ領東インドと共に、将来の対日共同作戦計画を積極的に練っていました。
 
最も重要なことは、アメリカ政府が一連の厳しい経済戦争を展開し、日本を苦境に追い込んだことです。米・英・蘭に禁輸された主要原材料を確保するために、日本が太平洋地域の米領や米軍への攻撃を強いられることはよく分かっていました。」
 
★『日米戦争を』
「1940年1月には日米通商航海条約の破棄を実行、7月には日本への石油と鉄くずの輸出を許可制にし、ガソリンを禁輸とする一方、中国への軍事援助を更に増強しました。1941年7月からは、退役軍人パイロットの志願部隊(シェンノート部隊)を中国軍に参加させます。完全に一線を越えます。」(以上、『引用著書』69頁)
 
☆(動画)(7分28秒)
「作家のジョージ・ビクターの文章を紹介したいと思います。
ちなみに、ジョージ・ビクターは決して「反ルーズベルト」ではなく、その逆です。彼は、ルーズベルトを非常に尊敬し、ルーズベルトがアメリカを戦争に巻き込むためにとった行動も全面的に支持しています。そのため、私は彼を「信頼できる情報ソース」と考えています。
 
もちろん、彼は私の研究のために書き残したわけではありませんが、『Pearl  Harbor  Myth』という素晴らしい本を書いており、その内容には偽りがなく価値の高い資料です。
ジョージ・ビクターの著書から抜粋した文章を読み上げます。
 
ルーズベルトは、1941年春にはすでにアメリカをドイツとの戦争に導き、小規模の銃撃戦を発生させていた、それ以降、彼は徐々に米軍の関与を増やしていった。
12月7日の日本による攻撃のお陰で、宣戦布告までこぎ着けることができた。真珠湾攻撃は、長きにわたる一連の事象の結果と考えれば、全て説明がつく。米国は、1941年春のフランス陥落後に策定された戦略に沿って仕事をした。
 
しかしその戦略は、ルーズベルトや彼のブレーンにとって、むしろドイツの対米宣戦布告を正当化してしまい、望まざる結果を招くように思えてきた。
ルーズベルトは、駐仏大使ウィリアム・ブリッドに「アメリカの対独参戦は確実だが、ドイツがそのきっかけを与えてくれる時まで待つ」と伝えた。
敵が先に発砲したという既成事実を作ることが、ルーズベルトの戦術の一貫したテーマだったからだ。
 
日本の方が、ドイツより米国に対する大規模な攻撃を誘発しやすいことがわかったので、結果的に彼は正しい結論を導き出したようだ。
・・・もう少し引用は続きます。・・・
米国が挑発していないのに、日本が米国を攻撃するという展開は、出来すぎたシナリオだったが、米国民は、日本は米国の反日政策に反発して戦争を起こすことを米政府が期待していたとは知らなかったので上手くいった。
 
そして、1941年7月から実行に移された。アメリカと戦争すれば負けること、そしてそれが悲惨なものであることを予期していたので、日本の指導者たちが必死になって交渉していたことは、ほとんどの歴史家が以前から認めている。
一方、ルーズベルトとハルが執拗に交渉を拒否していた証拠も出てきている。日本は、数々の妥協と譲歩を提示したが、アメリカはそれに対してさらに要求を強めていった。
 
「この交渉が決裂すれば、もう戦争しかない」と日本政府が閣議決定したことを知ったルーズベルトは、交渉の打ち切りを決めた。
ビドル合衆国司法長官によると、ルーズベルトは、太平洋地域での事変をきっかけとしてアメリカが欧州諸国の戦争に参加することを望んでいた。
・・・ジョージ・ビクターの引用は以上です。・・・」
(つづく)


*法津如来のコメント

今回の内容は、動画の内容の文字起こしですが、これが大変なのです。

私もこのようなことを挑戦したことがありますが、大変でやめました。

石法如来、お疲れ様です。ありがとうございます。

 

石法如来の寄稿:日米開戦「真珠湾攻撃」、アメリカの戦争責任(その1)

最近、Harano Times Official Channel(YouTube動画「はらのタイムス」)で「日米開戦の責任は100%日本にある?日米開戦の真相、禁断のスピーチ 米歴史学者ヒッグス博士 2012 」を拝見致しました。
昨年末に、私がブログに「開戦80年・・・真珠湾攻撃とは何だったのか。」という記事を書いておりましたので深い縁を感じました。
 
そこで、Harano Times (はらのタイムス)さんの日本語字幕をブログ記事に書き写し、関係箇所を林千勝氏の著書『日米戦争を策謀したのは誰だ』から引用して関係づけする試みに挑戦しました。是非、じっくり読まれて当時の日本の置かれた状況を振り返って頂ければと思います。
 
(前置き)
1941年12月7日(ハワイ現地時間)は、日本がアメリカ領ハワイ真珠湾に奇襲攻撃が行われた日であり、それにより第2次世界大戦が始まりました。その奇襲攻撃により日本は、開戦の責任を負わされ非人道的な原爆投下すら、戦争を早く終結させるための手段であったとされたのです。
 
この真珠湾攻撃に関しては、表に出ていない多くの人々の知らない側面があります。歴史は、勝者が語るものであり真実は時に大きくねじ曲げられるものです。
この動画を見て、私は過去に養父の言った「先の戦争は、日本の自存自衛の戦いだった」という言葉を思い出しました。
 
当時、ルーズベルト政権がとった政策に対して当時の日本人が冷静に、「アメリカと戦争なんて無謀だ」と批判・判断出来たか?というと、それは不可能に近いものがあったと私自身は理解しました。
 
本動画では、アメリカの歴史学者ロバート・ビックス博士が、2012年あるサミットで講演し「第2次世界大戦の責任は日本に一方的にあるのではない。(歴史の真相を明らかにする)アメリカにも、大きな責任がある。」ということでお話されています。
日本語字幕を書き起こし、林氏の著書を引用し関連づけしたので複雑になりましたが、じっくり味わって学んで下さい。(注:動画字幕=☆(字幕)、著書引用=★『日米戦争を』と表記しました。)
 
 
☆(字幕)(4分57秒)
「多くの人は、形式的なことに惑わされています。例えば「1941年12月にアメリカが宣戦布告するまで、アメリカはドイツや日本と戦争していなかった」と思い込んでいます。
実際には、宣戦布告する前からアメリカはずっと戦争していたのです。その戦争遂行は、さまざまな形で行われていました。
 
例えば米海軍は、イギリスの主要な航路である北大西洋上で、英艦船とともに、いわゆる「警告なし攻撃」を行っていました。
ドイツのUボートは、米艦への攻撃を控えるよう命令されており、実際控えていたにも関わらずです。
米英は情報の共有、兵器の共同開発、軍備の合同訓練、戦争に関するその他の強力の取り決めをしていました。
 
米軍は、ドイツ軍に対する戦闘行為において英軍と積極的に協力し、例えば、ドイツ軍の戦闘機や潜水艦の目撃情報を英海軍に知らせ、英軍がそれらを攻撃していました。
アメリカ政府は、ドイツ軍と戦っていた英・仏・ソ連に対して、数え切れないほどの方法で、軍事物資などの提供や援助を行っていました。
 
★『日米戦争を』
「1941年7月9日」、ノックス海軍長官はついにドイツ潜水艦に対する攻撃命令を出したことを示唆する発言をしました。7月11日、上院海軍問題委員会はノックス長官とスターク海軍作戦部長に非公開の場での証言を求めました。そこで二人はアメリカ海軍駆逐艦がドイツ潜水艦に対して機雷攻撃を仕掛けたことを認めたのです。宣戦布告なき戦争の始まりです。(以上、『引用著書』66頁)・・・中略・・・
ヒトラーはアメリカとの戦争を避けるべく、ルーズベルトやルーズベルト指揮下のアメリカ海軍からのいかなる挑発に対しても、我慢に我慢を重ねて忍び難きを忍んでいたことが明らかだったからです。」(以上、『引用著書』67頁)
(つづく)
 
参考動画
https://www.youtube.com/watch?v=qRJ4gcdmWQs
【日本語字幕】日米開戦の責任は100%日本にある?日米開戦の真相、禁断のスピーチ |米歴史学者ヒッグス博士 | 2012 | Robert Higgs
 


*法津如来のコメント

今回の内容は間があくと繋がりがよくわからなくなりますので、5回連続して掲載の予定です。
 

「金剛般若経の始まりは」の続き

昨日、金剛般若経の始まりのスブーティ長老の質問とそれに対する仏の回答について引用しました。

「生きとし生けるものども、それらのありとあらゆるものを、わたしは、《悩みのない永遠の平安》という境地に導き入れなければならない。」

という部分は皆すぐに納得できますが、

「しかし、このように、無数の生きとし生けるものを永遠の平安に導き入れても、実は誰ひとりとして永遠の平安に導き入れられたものはない。」

この部分には疑問を持たれる方が多いでしょう。

ですから、このブログで解説されると思われる方と思いますが、解説しません。

その疑問は心に持っておいてください。

それが大切です。

そうすると皆さんの潜在意識が自然に回答を探し、あなたの潜在意識が回答を与えてくれるのです。

そうでなければ、頭で考えた知識だけのものになるからです。

だた、仏は親切に考えるヒントを引き続き述べておられるので、今日はそれを引用します。

「それはなぜかというと、スブーティよ、もしも求道者が、《生きているものという思い》をおこすとすれば、もはやかれは求道者とは言われないからだ。

それはなぜかというと、スブーティよ、誰でも《自我という思い》をおこしたり、《生きているものという思い》や、《個体という思い》や、《個人という思い》などをおこしたりするものは、もはや求道者とは言われないからだ。」

(以上は、岩波文庫「般若心経・金剛般若経」から、引用しました。)

今日は、石法如来の寄稿があります。

金剛般若経の始まりは

金剛般若経は、仏の説法の状況の説明の後、スブーティ長老の次の質問から始まるのです。

「ところで、師よ、求道者の道に向かう(菩薩の乗り物で進んで行く)立派な若者や立派な娘は、どのように生活し、どのように行動し、どのように心を保ったらよいのですか。」

この質問に対して、仏は次のように答えます。

「スブーティよ、求道者の道に向かう者は、次のような心をおこさなければならない。

『およそ生きもののなかまに含められるかぎりの生きとし生けるもの、卵から生まれたもの、母胎から生まれたもの、湿気から生まれたもの、他から生まれず自から生まれ出たもの、形のあるもの、形のないもの、表象作用のあるもの、表象作用のないもの、表象作用があるのでもなく無いのでもないもの、その他生きもののなかまとして考えられるかぎり考えられた生きとし生けるものども、それらのありとあらゆるものを、わたしは、《悩みのない永遠の平安》という境地に導き入れなければならない。

しかし、このように、無数の生きとし生けるものを永遠の平安に導き入れても、実は誰ひとりとして永遠の平安に導き入れられたものはない。』と。

それはなぜかというと、もしも求道者が、《生きているものという思い》をおこすとすれば、もはやかれは求道者とは言われないからだ。

それはなぜかというと、誰でも《自我という思い》をおこしたり、《生きているものという思い》や、《個体という思い》や、《個人という思い》などをおこしたりするものは、もはや求道者とは言われないからだ。』

(以上は、岩波文庫「般若心経・金剛般若経」から、一部省略して引用しました。)

スブーティ長老の質問は、求道者の道に向かう者の心構えを問うものでした。

そのに対して、仏は「それらのありとあらゆるものを、わたしは、《悩みのない永遠の平安》という境地に導き入れなければならない。」と答えます。

この点が一番大切なことです。

しかし、仏はその答えに次の言葉を付け加えます。

「しかし、このように、無数の生きとし生けるものを永遠の平安に導き入れても、実は誰ひとりとして永遠の平安に導き入れられたものはない。」と。

これを聞いて、「求道者の道に向かう者」はどのように思うでしょうか?

「え、それはどういうことですか?」と思うのではないでしょうか。

それでいいのです。

そこから始まるのですから。

2019年1月15日は、私が解脱知見を得た日

1月15日は、私が三年前に私が解脱知見をいた日です。

私にとっては記念すべき日であります。

このことについては以前、「なぜ法津如来と名乗るのか?」で書きました。
https://76263383.at.webry.info/202102/article_19.html

しかし、もう少し書きます。

私が「法の句」を聞いたのはその前年の2018年8月15日です。

その時は、大変なことが起きた。

「私は覚ったのだ」と嬉しく思ったのです。

しかし、本当に覚ったという気はしませんでした。

解脱知見を得てなかったからだと思いました。

SRKWブッダにお伺いしたところ、

「識別作用の消滅があるかどうか確かめない。」と言われたのでした。

識別作用の消滅の判別が難しいのです。

普通に感覚はあります。

特別に嫌いなものがないので、それがなくなったということもありません。

欲はその以前からあまりまりません。

(解脱したいという思い以外には。)

怒りは「法の句」を聞いた以後にはありません。

「法の句」を聞いたのは、怒りに対する懺悔の直後だったのです。

今では、怒りが起こる感覚がわかりません。

しかし、識別作用の消滅の判別が難しかったのです。

もう一つ、私が解脱知見を得られない理由がありました。

「解脱者は一切知者だ」と思っていました。

それなのに、私は知らないことがたくさんあるとと思っていたからです。

「一切知者」の意味を誤解していたのです。

このことについては、後日書きます。

そうこうしているうちに2、3ヶ月たちました。

2018年の12月から、金剛般若経を記憶しようと思い立ち、

毎朝、金剛般若経の音読を始めました。一回音読に50分ほどかかります。

なぜ、金剛般若経なのかということも、後日書きます。

年が明け2019年1月15日、金剛般若経を36回読んだその朝、

解脱知見を得ました。

「私は解脱したのだ」と思いました。


石法如来の寄稿:八正道について

仏教の教えに、八正道なるものがあります。・・・仏教を学んだことがある人間なら知らない人はいないはずです。そしてそれは、所謂修業法であるとも言われています。
 
修業法と聞くと、それを誠実・真面目に行じるならば何らかの修業階梯に到達出来るものと、錯覚する人が存在してもおかしくありません。・・・本当にそうなのでしょうか?。
私は、八正道なる修業法により覚りの境地に赴くということはあり得ないと考えます。
 
それは何故でしょう?・・・。この八正道なるものは、後世において纏められ整理され、「さも正しい修業法の一つである」とされたものであると考えられるからです。
釈尊(ゴータマ・ブッダ)在世時に説かれた教法とは、非常に簡単・明瞭な内容のものであり実践もさほど難しいものではなかった筈です。
 
人間である以上、機根(きこん・仏の教えを聞いて修行しえる能力のこと。)の違いはあれ、2500年前と言えど実践困難な修業法なるものを説くことは考えられません。
当時は、出家修行者は勿論在家修行者も数多く存在しており、八正道は修業法というより日常の生活法と考えた方がよく、日常=修業は不即不離な関係にあったと観ます。
 
因みに八正道とは、正見(正しい見解)、正思(正しい思惟)、正語(正しい言葉使い)、正業(正しい行為)、正命(正しい生活)、正精進(正しい努力)、正念(正しい気遣い)、正定(正しい精神統一)を言いますが、これはどう観ても生活法そのものです
 
八正道に段階の説は存在せず、時に合わせ場所に合わせ素直に随時実践していけばよいものばかりです。何も、難しいことはありません。
ただ、ポイントとして押さえて置かなければいけない事項が一つあります。それは、仏教に対する正しい見解を身につけなければ、全ては始まらないという事実です。それを言葉で表現するなら、「正見(しょうけん)」と申します。
 
これは、八正道に限らず仏教を学ぶ人間には必須の学問的・経験的知識であり、学ぶことにより思想の要をしっかり把握・確立し仏教的考え方の土台が築かれます。
しっかり、仏教の説く法(ダルマ・理法)を学ぶことは、時代・場所を超えて重要なことです。
 
また、この世における「何が正しくて、何が間違い(正しくない)」なのかの価値判断には、法(ダルマ)こそ重要なものです。価値判断の尺度を間違うと、全てを間違えてしまうからです。
 
「法(ほう・ダルマ)」は、人倫道徳を支配するもので人間生活を秩序づけると考えられた面もあります。そこで「法」が、社会の秩序や家庭の秩序を指し示し、さらに人間の日課も「法」と言われます。法をよりどころとし、「法」を規範としての生活こそ仏教者の生活であるという教法は、仏典に多く記述されております。
 
八正道は、思想の分析法の一つとして理解しやすく八つに分けていますが、一つの纏まりと考えた方が理解しやすいし、偏りのない生活=修業に結びつけることが出来ます。
要は、一つ一つを分析し「こうあらねばいけない」・「こう修業しなければいけない」などの囚われ拘りを解消し、自然体にて素直に自分自身(正しいとされる)日常生活を築いていくということが重要なのです。
 
覚りに至るための、特定の修業法など存在しないのですから、ゆったり・静かに自分自身の生活(生き方)と向き合うことです。聖求があるなら、やがて目的は達せられる筈です。


*法津如来のコメント

その通りです。



 

「無我」を語る幼稚園児の説法で輪廻があると言えるか?

今日は昨日お約束しましたように、才木広之さんの次の質問にお答えします。

「無我」を語る幼稚園児の説法
https://j-theravada.net/dhamma/oriori/sachi_samidu_01/

これでも輪廻は無いと言えますか?

才木さんが引用した記事は、「無我」を語る幼稚園児の説法というYouTubeの内容を日本訳をしたものと
シンハラ語で放映したビデオです。

しかし、このYouTubeの内容を持って輪廻があるとは言えません。

その訳は後で説明しますが、この内容は仏教を勉強する上で参考になるものなので、

是非日本語訳とシンハラ語のビデオを見て下さい。

ただ、輪廻があるかどうかという議論は二つの対立する意見なので、

本当はその議論に参加したくないのです。

輪廻があってもなくても仏教修行はできるし、解脱することはできるからです。

率直な意見を言わせていただければ、輪廻を想定した方が仏教の説明は便利だとは言えます。

また、最近ある方の話から輪廻と集合無意識と結びつけて考えればわかりやすいかなと考えていました。

前世の記憶は集合無意識の中にあると考えれば、特定の個人の前世ではなく、

ある意識がその意識を受け入れやすい人に現れるということがあるかなというものです。

しかし、今回の場合はそれとは異なります。

スリランカには敬虔な仏教徒が多く、それらの人々は子供を連れてお寺に行き、

僧侶の説法を聞きに行くことも少なくありません。

まだ言葉を話せない子供の頭脳は素晴らしく、初めて聞くこと見ることをすべてそのまま記憶するのです。

その記憶力には驚嘆するものがあります。(個人差はありますが。)

ビデオの少女は僧侶の説法を記憶していたのです。

彼女は言葉を話せるようになった時、その説法が口をついて出たのです。

彼女の説法は前世のものではなく、彼女が生まれてから記憶したものです。

私は何人かの孫たちの言動を見て、そうだと言いたいのです。


右の意見と左の意見の対立

昨日、「世の中には、右という意見があれば、必ず左という意見があります。

さー、どうしましょうか?」と書きました。

それに対して、「光の小道」さんと「才木広之」さんがコメントを書いてくださいました。

ありがとうございます。

才木さんがダンマパダ160番と166番を意訳して引用してくれました。

「自分こそ自分の救済者である。他人がどうして自分の救済者であろうか。

自己をととのえることで、得難い救済を得る。」

「他人の物事のために、自分のなすべきことを捨て去ってはならない。

自分の物事を熟知して、自分のなすべきことに専念せよ。」


その通りですね。

私はどうするか書いてみましょう。

右の意見と左の意見の対立のあるところには、なるべく近寄らないようにします。

それらの意見の対立があるところには、無毛な争いが多いからです。

しかし、どうしても解決しなければならないのであれば、

両方の意見をよく調べて、自分なりの判断をします。

その際、どちらも支持できる確かな証拠のない場合には、第三の道がないかどうか考えます。

将棋に「両取り逃げるべからず」という格言があります。

例えば、飛車も角もどちらかが取られそうな場合には、

どちらも逃げないで第三の手を考えるというものです。

第三の道もない場合には、どちらが多くの人の幸せになるかどうか考えますが、

それもわからなければ、どちらが面白そうか、楽しいか考えます。

そして、それをやってみるのです。

やってみて間違えていれば、その過ち正します。

さて、昨日の才木広之さんの最後コメントの質問には、明日のブログで答えます。


さー、どうしましょうか?

先年12月24日、「歩き方を変えれば人生が変わるか?」、

12月25日には、「中島武志著『足・腰・ひざの痛みが消えるゆるかかと歩き』より」というブログを書きました。

また、今年に入って、1月8日には「新春七福神めぐり」で雪の日の歩き方について書きました。

そうしたら、最近、【実践】正しい歩き方のすべてがわかる【膝の痛み消滅】という動画を見つけました。
https://www.youtube.com/watch?v=IplfBJbinz0

そこでは、「踵から着地させる歩き方は間違っています。

元気に綺麗に歩き続けられるように、今すぐ歩き方の常識を書き換えましょう。」

というのです。

今話題のコロナ・ワクチンも、打てという方も打つなという方もおられます。

今朝、東京新聞の朝刊を読んでいたら、浄土真宗僧侶の江田智昭という方が次のように書いておられました。

(以下引用)
「ボーッと生きてもいいんだよ」という文章を読んで、「仏教の教えとは本来『ボーッと生きてんじゃねーである』と主張する仏教者の方もいました。その方の言いたいこともよくわかりますが、私の所属している浄土真宗では「阿弥陀仏がそのまま救ってくださる」という教えです。すべての人間がずっと頑張り続けることはできません。頑張らなくてボーッとしてしまう人間も見捨てないのが阿弥陀仏という仏様なのです。
(以上引用)

世の中には、右という意見があれば、必ず左という意見があります。

さー、どうしましょうか?

クリスチャンの「平和の祈り」

毎朝会うラジオ体操の仲間にクリスチャンの女性の方がおられます。

彼女は私が仏教徒であることを知っておられるので、

「宣伝するわけではないのですが」と言って、

ご自分の気に入っている祈りの言葉を書いたプリントをくれました。

(以下引用)

平和の祈り。

神よ、あなたの平和のためにわたしのすべてを用いてください。

憎しみのあるところに愛を、争いのあるところに赦しを、

分裂のあるところに一致を、疑いのあるところに信仰を、

誤りのあるところには真理を、絶望のあるところには希望を、

悲しみのあるところには喜びを、闇には光をもたらすために。

神よ、わたしに望ませてください。

慰められるよりも慰めることを、理解されるよりも理解することを、

愛されるよりも愛することを。

わたしたちは自分を与えることによって与えられ、

進んで赦すことによって赦され、人のために死んでこそ、

永遠に生きるのですから。アーメン

(以上引用)

仏教徒が使う言葉とは少し違うのですが、内容はその通りです。

「憎しみのあるところに愛を、争いのあるところに赦しを、

分裂のあるところに一致を、疑いのあるところに信仰を、

誤りのあるところには真理を、絶望のあるところには希望を、

悲しみのあるところには喜びを、」

これらはなかなかできないことなのです。

できない事だから、クリスチャンは神様にお願いすることになるのでしょうが、

仏教徒はなぜできないのか、自分の心を静め、観察し、調べることを重視するでしょう。


石法如来の寄稿:ワクチン接種とPCR検査・・・タダより高いものはない?

年末年始の北海道新聞に出ていたのですが、「PCR検査希望者は無料で受けることが出来る」という記事、読者の皆さんはご存じでしょうか?
 
一見、無料なら受けてみたいものだと考えられる方がおられると思いますが、事はそう単純ではありません。万一、陽性になったら近くの病院を紹介されて、そこで受診することになるそうですが経費は全て自己負担です。
 
無料PCRを行っている薬局は、一人当たり約1万円の利益になるそうで積極的に推進しているようです。その為に、日本政府は3000億円の予算を付けていると言います。
PCR検査で陽性になると、本人は勿論家族も14日間隔離されることになります。所謂、感染者・濃厚接触者に認定されるというわけですが、オミクロン株のような風邪に近いコロナではメリットよりデメリットの方が大きいということが(冷静に考えると)判断出来ます。
 
何より、それでオミクロン株によるコロナ患者が発生していることを大々的にマスコミで報道され、コロナ騒動を煽る者達にとって追い風にはなりますが、沈静化して欲しいと願う者にはマイナス面しかありません。
この様な、無料PCR検査によりコロナ感染の無限ループに入り込まされる可能性がありますので、出来れば無料PCR検査については無視・遠慮された方が良いかと考えます。
 
次に、欧米などにおけるコロナワクチン事情等ですが先の記事で紹介した「田中宇(たなか・さかい)の国際ニュース解説」(2022年1月2日版)に、色々参考になることが書いてあるので抜粋して紹介致します。(以下、記事引用)
                           
「オミクロンはほとんど誰も発症しない風邪以下で、感染しても大丈夫なのに、感染防止の名目で接種を強要される。接種したらオミクロンに感染しなくなるかどうかも不確定なままだ。
オミクロンは、(コロナワクチン)非接種者よりも既接種者が感染しやすいという調査結果がドイツなどで出ている。欧米人は、全く無意味なワクチンを繰り返し強要され続ける。接種しても、マスクと都市閉鎖は強要される。コロナ社会はまさにディストピアだ。
 
専門家の間では、コロナワクチンを繰り返し接種することで、生来の自然免疫システムが破壊され、逆に免疫が低下してしまうという指摘があちこちから出ている。
イスラエル政府に4度目のワクチン接種をやめるように求めた専門家たちもいる。免疫が低下すると、皮膚病などちょっとした病気が治りにくくなり、風邪や肺炎などにもかかりやすくなる。
 
コロナワクチン接種の繰り返しによる免疫システムの破壊は、生来の自然免疫が強く残っている子供ほど、長期的に見るとひどいものになる。
どんな被害が出るか調べる前に、子供たちにどんどんワクチンが打たれている。親が率先して子供にワクチンを打たせている。軽信者の自業自得だが。コロナワクチンは、とんでもない人道犯罪、史上最大の薬害である。
 
オミクロンが主流になってコロナの病気自体が人類の脅威でなくなったのだから、他人に感染しても問題ない。検査そのものが不要だ。コロナ前、毎年冬になると、街かどや職場やバスの中に、旧型コロナ(風邪)やインフルの発症者がたくさんいて、マスクもしないで熱っぽい顔してゴホゴホやり、周りの人々を感染させまくっていた。それで何の問題もなかった。みんな元気で、飲食店は繁盛し、経済はブンブン回っていた。
 
今と当時と、どっちが良いですか??。今じゃない。当時だよね。街中にオミクロン感染者があふれても、何の問題もない。そもそもオミクロンはほとんど誰も発症しない。マスク必須じゃない。楽しく三密した方が精神的に良い。
 
ワクチン接種による免疫低下の方がはるかに恐ろしい。みんな早く気づけよ。(国民は知らなくても、日本では政府が知っているからワクチン強要してない)」(以上、「田中宇(たなか・さかい)の国際ニュース解説」(2022年1月2日版)から引用終わり。)
 
無料PCR検査のデメリットを、「長尾和宏コロナチャンネル」で語っておりますので是非ご覧になって下さい。
 
参考動画

https://www.nicovideo.jp/watch/sm39823536
緊急コロナチャンネル 長尾和宏コロナチャンネル

https://www.nicovideo.jp/watch/sm39839305
ドイツとイギリスでは5回目まで決まっている


 *法津如来のコメント

「タダより高いものはない」その通りです。

新春七福神めぐり

昨日は新宿山ノ手七福神めぐりというものに参加しました。

私は近くの小学校の補習授業の指導ボランティアに週に一度行っているのですが、

そのボランティア・グループが企画したものに参加したのです。

日本各地に七福神があるようですね。

日本中、どこでもこれら神々に守られているということでしょう。

東京の地理に詳しくない方にはわからないとは思いますが、

私が参加した新宿山ノ手七福神めぐりのコースを書いておきます。

西武新宿北口から恵比寿神(稲荷鬼王神社)から布袋尊(太宗寺)から寿老人(法善寺)から福禄寿(永福寺)から弁財天(厳島神社)から大黒天(経王寺)から毘沙門天(善国寺)から飯田橋駅。

私たち飯田橋駅には行かず、東西線神楽坂駅から帰りました。

約1万5千歩歩きました。

これらのお寺や神社の説明はネットにあります。

新宿山ノ手七福神|2022東京の七福神めぐり
https://www.tokyoevent.net/shinjyukuyamanote.html

それぞれの神社やお寺は、それぞれに特徴があり面白いのですが、

毘沙門天(善国寺)は、狛犬ではなく虎でした。

神社でないのから虎なのかとは思いましたが、

この善國寺に、狛犬ではなく、寅が鎮座していたり、絵馬にも寅が描かれているのは、

毘沙門天様が、寅年の寅の月の寅の日の寅の時刻生まれだからだそうです。

さて、前日は東京では4年ぶりの大?雪で、雪が残り、道路が凍結していました。

20人ほどが参加予定でしたが、前日の雪のために、12人に減りました。

そして、その一人が始めの神社に着く前に、転倒し、後頭部を打ってしまいました。

彼は安全のためにリタイアして、その後3人リタイア、最後は8人になりました。

以前このブログで、ゆるかかと歩きを推奨する記事を紹介しましたが、

凍結した道は、つま先から地面に足を下ろし、歩幅を小さく歩くのがよいそうです。

なるほど、そうすれば転倒せずに、歩けます。

何事も、こだわりを捨てて、臨機応変に事を行うのがよいようです。

今日はここまでです。