人間に生まれることは有り難い

ダンマパダ 182

人間に生まれることは有り難い
人間として生きていることは有り難い
正しい教えを聞けるのは有り難い
諸仏の出現は有り難い

*この詩から学ぶこと
 仏教には小欲知足という言葉があります。欲を少なくして、現状に満足して生きると言う意味です。これは楽しみのない惨めな生活を勧められているようで暗いと思うかもしれません。しかし、これは上の詩の言う真実を知らないからなのです。

 人間に生まれたことはほとんどありえないことなのです。しかし、これはなかなか実感できません。実感するために、地上の生命の数を考えてみましょう。犬、猫などの哺乳類の種類は他の類に比べると少ないのですが、それでも大変な数です。鳥類、爬虫類もいます。昆虫は種類だけでも数えられないほどですし、その数は無限と言ってもいいほどです。その上、微生物もいます。また、海には地上以上に生命がいます。魚類の種類も多いですし、それぞれの数も大変なものです。その魚類に食べられるプランクトンも生命です。それらをあわせると生命の数は無限と言ってもいいのです。その中で人類は約60億人と言われています。その中の一人が私であり、あなたなのです。どうですか。無限の生命の中で人間であるということは奇跡に近いことだと言っていいと思いませんか。人間であることがまれなことであることはこの説明で分かりますが、それが、まだ、なぜ「ありがたいこと」なのか分かりません。この詩の3行目で分かります。

 3行目に行く前に2行目。今の日本では新生児の死亡率は少ないのですが、アフリカなどでは人間として生まれても無事に成人できる人はすくないのです。無事に成人しても、日本では交通事故で亡くなる人も多く、自殺者が年間3万人以上います。外国では戦争で命を失うことも少なくありません。病気で亡くなる人ももちろんいます。体が健康でも精神を病む人が増え、人間として生きていくこと困難なことなのです。ですが、私もあなたも無事に生きています。なんと「ありがたいこと」ではありませんか。

 さて、この詩の3行目の「ありがたさ」もなかなか実感できないことです。正しい教えとは最高の幸福になるための教えです。そして、正しい教えを聞けるためには、2つの条件が必要です。教えを聞くことができる人間であること。教えがあること。上に書いたように人間に生まれて、生きていることの「ありがたさ」はこの3行目があるからです。

 最後の行。正しい教えは、ブッダの出現によって生まれるのです。ブッダは一つの宇宙が生まれ、そこに一人しか生まれないと言われていますから、何千億年という時間のほんの一瞬しかブッダの教えに触れる機会がないのです。それが今、私もあなたもブッダの教えに触れることができています。本当によく考えれば奇跡的なことなのです。
 今地球上の人類は約60億人いますが、ほとんどはキリスト教徒やイスラム教徒などの神を信じる人々で仏教徒は1億人程度でしょう。日本人は仏教徒と言われていますが、お釈迦の正しい教えを知っている人は1億2千万にの内の一握りの人々でしょう。そう考えると私たちは本当に本当にまれなチャンスにめぐりあっているという、最高の幸せな人間であると言ってもいいのではないでしょうか。このチャンスを実感しましょう。

 最高のダイヤモンドを持っていながら、くだらない石ころを欲しがる必要はないでしょう。


~わたしは幸せでありますように~
~あなたは幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

 
 
 

 

この記事へのコメント

身の丈修行者
2015年02月11日 12:42
お釈迦様とご縁を頂けています事、至福に思います。
そんな機会を下さるスマナサーラ長老・ワンギーサ長老らに心より感謝致します。
学ばせて・実践させて頂きながら心を成長させたいです。

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