ブッダには網のような執着はない

ダンマパダ 180

ブッダには網のような執着はない
彼を引き止める渇愛はない
ブッダの境地は無限だ
捕らえどころのない彼をどのようにして捕らえるのか


   渇愛:のどが渇いて水をもとめるような貪りの心

*この詩から学ぶこと
 執着や渇愛のない人間はいない。人間ばかりではない。すべての生命には執着と渇愛がある。ところが、ブッダには執着や渇愛がないというのだから、捕らえようがない。われわれが他人を理解しようとする時は、相手の好き嫌いなどを手がかりにして相手の執着、こだわりを知ろうとする。それを知れば相手が扱いやすくなるからだ。そのこだわりに逆らえば相手に怒りが生じるだろうし、こだわりに従えは喜ぶ。
 だが、そこがポイントではない。ポイントはブッダには執着や渇愛がないことである。それは何者にも管理されない本当に自由な境地であるということである。
 だから、我々が本当に自由を望むならば、執着、こだわりを捨てるべきだということである。 しかし、これは容易なことではない。捨てるためには智慧が必要になる。ダンマパダの423の詩はそれを教えている。私たちはそれを「止まることなく、求めることなく」、ひとつずつ学び実践すればよいのである。



~わたしは幸せでありますように~
~あなたは幸せでありますように~
~生きとしいけるものが幸せでありますように~


 

この記事へのコメント

身の丈修行者
2015年02月10日 15:13
ワンギーサ長老の分かり易い解説の「我々が本当に自由を望むならば、執着、こだわりを捨てるべきだということ」こちらで学ばせて頂きながら身につけて・智慧にして参りたいです。

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