快楽と性欲から憂いと恐れが

ダンマパダ 214,215

快楽から憂いが生まれ
快楽から恐れが生まれる
快楽から離れた人には憂いがない
どうして恐れがあろうか

性欲から憂いが生まれ
性欲から恐れが生まれる
性欲から離れた人には憂いがない
どうして恐れがあろうか

*これらの詩から学ぶこと

 仏教は二辺から離れた中道を説いています。一辺は世俗的な下劣な聖でない、無益な、多くの欲愛に心を奪われた道であります。もう一辺は苦であり、聖でない、無益な、自己に困難をもたらす道であります。注意すべきことは仏教の目指す第三の中道は二つの道の真ん中という意味ではなく、二つの道に関わらないという意味であります。

 さて、今回の詩のテーマは快楽、性欲であります。これらは愛欲に心を奪われた道についてであります。この道は人間から苦を除き、心の汚れを落とし、真の幸福に至る道ではありません。その理由は、快楽や性欲から憂いと恐怖が生まれるからです。感受には苦と快と不苦不快ががありますが、生命は快を感じると、その快を維持したいと思い、なくなることを恐れるのです。しかし、すべては無常ですから、それは不可能なことです。快の感覚は変化し、消えるのです。ですから必ず憂いと恐れが現れるのです。それにより苦が現れ、心は汚れ、不幸の道を歩むということになるのです。ですから、快楽や性欲から離れなさいと教えるのです。

 とくに、性欲に関しては誤解があります。「性欲だけはなくならないというのは、現代人の、曇った思考の発想なのです。性欲はあくまでも心理的なもの、生理的なものではない。はっきりと思考の産物なのです。」(スナナサーラ著「ブッダの智慧でこたえます」159ページ)と書かれています。このことをよく理解しておけば、性欲の妄想も楽に克服できます。また、まだ心が弱く妄想しやすい人は前の詩が教えていたように性欲が起こるような情報をできるかぎり避けるように心がけた方がいいです。性欲だけはなくならないと思い込んでいると性欲を克服するのは無理です。

   快楽が一番などと思うなよ 世界は広い目指せ涅槃

~わたしは幸せでありますように~
~あなたは幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

身の丈修行者
2015年02月13日 13:16
ワンギーサ長老の分かり易い解説「生命は快を感じると、その快を維持したいと思い、なくなることを恐れるのです・・・快の感覚は変化し、消えるのです。ですから必ず憂いと恐れが現れるのです」とても勉強になります。
快を感じた時にそのように気が着けたら、憂いや恐れの出現は防げるように感じました。
実践して参りたいです。
白ギツネ
2017年08月13日 02:06
性行為そのものは実に退屈で、排泄と同じですね。ただ、人間の側がその行為に勝手なファンタジーを付与してしまう。これが妄想なのでしょう。

この辺りのコツが掴めると、裸の女性を見ても犬や猫と変わらない。私は母の介護を通して、女性の外見的魅力に一喜一憂することの馬鹿馬鹿しさを思い知らされました。

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