爆発する怒りを制御する人を

ダンマパダ 222

暴走する車を止めるように
爆発する怒りを制御する人を
私は真の勝利者と呼ぶ
他の人は手綱を持つだけの人

*この詩から学ぶこと

 この詩は次のような物語を縁として作られたと言われている。ある比丘が瞑想のための小屋を作ろうと、樹神の親子が住んでいた樹を斧で切った。その時、樹神の子供の腕を切り落としてしまった。樹神の母親は、烈火のように怒り、その比丘を殴り殺そうとしたが、爆発する怒りを制御した。母親はお釈迦さまにこの出来事を報告した。するとお釈迦さまは「樹神よ、よく怒りを抑えた。怒りにまかせて悪行を犯さなかった。」とこの母親を大いに誉め、上の詩を述べられた。この説法により母親は預流果の悟りを得た。さらに比丘全員に対して、「むやみに木を切る比丘は単堕の罪の該当する」と新しく戒律が規定された。(北嶋泰観著「パーリ語仏典ダンマパダ」より要約)

 怒りを制御できる人が本当の勝利者、幸福を獲得できる人であり、ただ手綱を持っているだけで怒りを制御しない人は人生の敗者、不幸な人であるとこの詩は述べているのです。
 
 怒りは、心に中に一瞬に現れる感情です。上の因縁物語のように、相手を殺したくなるような大きな強い怒りもあります。また小さな弱い怒りもあります。世間では正義の怒りだと肯定する怒りがあると思っていますが、既に述べましたように怒りはすべて猛毒なのです。良い怒りはないのです。
 
 お釈迦さまはノコギリ経の中で「盗賊たちがノコギリで手足を切断しようとするとき、それについて心を怒らすならば、かれはそのことにより、わが教えの実践者になりません。」とまで言われています。「他人は怒るが、我々は怒らないように」と決意する必要があります。

 その上で、怒りが現れたら、我慢するのではなく、今の自分に気づいて、「怒り、怒り、これは怒りの感情だ」と自分を観察してください。次の瞬間、怒りは消えると思いますが、「怒りが消えた、消えた。気分がいい。気分がいい。」と観察してください。御健闘をお祈り致します。

  ○猛毒の怒りに気付けば観察し 怒り怒りだ 怒りが消えた

~わたしは幸せでありますように~
~あなたは幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

xenok
2008年07月27日 17:40
感謝
2009年03月11日 05:25
 車が割り込んできます。危ない。すれすれだ。ぶつかったら、どうするんだ。怒り、怒り、怒り。当たらなくて、よかった。急いでいたのですね。どうざ、先に行ってください。私は、急いでいません。十分、間に合います。穏やかです。
高橋優太
2009年03月11日 08:12
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。怒りを含め自分の弱いところに負けないように頑張ります。ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年01月27日 13:18
怒りにのってしまうのではなく、観察する事で治まる方向にいく・・のは凄いなと思います。

この記事へのトラックバック