迷惑を掛けずに生きる聖者たち常に行い注意している

ダンマパダ 225

誰にも迷惑をかけない
常に身体を慎んでいる聖者たちは
彼らは心の苦しみのない
不死の境地へ赴く             

*この詩から学ぶこと

 「誰にも迷惑をかけない」は何げない言葉のようだが、行うのは難しい言葉だ。親子喧嘩をして、子供が親に「誰にも迷惑をかけない」などと啖呵をはく時などに使われるが、実際にはそんなことできる筈は無く、回りの人を迷惑かけないでは生きて生けない。

 「誰にも迷惑をかけない」は実際にはレベルの行動目標なのだ。パーリ語のアヒンサカーの訳は「不害の」という語が辞書には出ているが、スマナサーラ長老が「誰にも迷惑をかけない」と訳されているので採用させて頂いた。こちらの方が身近に感じられる。サンスクリットのアヒンサーの非暴力も少し大げさだ。

 誰にも迷惑をかけないことは、常に自分の言葉や行動に意識を向け、他の人の迷惑にならないかどうか注意していなけれ実践できない。実際には「常に身体を慎んでいる聖者たち」しかできない行動なのである。もちろん私たちもそのような生き方に学ぶ必要があるということである。

 「不死の境地」とは涅槃の境地だ。不死を、死なないという直接的な意味に取らないで、涅槃を表現するために使われる言葉と考えたほうが悩まないですむ。涅槃は言葉で語れないというだけに、かってたくさんの同意語がある。例えば無為、終極、無漏、真諦、彼岸、不老、不死、無障碍、静寂、清浄、解脱、燈明、避難所などである。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

ホーシノハタラキ
2008年08月03日 12:51
ワンギーサさん、今日の詩の趣旨は、我々人間はいつも多くの人々や多くの生命の支援、お世話になって生きているのだから、誰にも迷惑をかけないように生きなさいということでしょうか。
ワンギーサ
2008年08月03日 18:48
ホーシノハタラキ様 そういうことです。
2009年03月11日 07:35
「倉庫に、箱が残っていましたよ。」母。「汚いから、運ばなくていい、と言いましたよね。だから、運んでいません。」僕。「あの箱は、運ぶべきだったのです。下ろした箱は、汚れいたので、運ばなくて、よかったのです。」母。「すみません。」僕。「謝ってすめば、警察は要りません。」母。そうですね。「見解の違いですね。」母。
身の丈修行者
2015年01月27日 13:36
迷惑をかけない生き方は、五戒を守る生き方にも繋がるでしょうか。意識して実践して生きたいです。

この記事へのトラックバック