空には道ができないように 仏教以外に道はない 

ダンマパダ 254、255

空には道がないように
仏教以外に沙門はいない
人々は捏造を楽しむが
仏陀には捏造はない

空には道がないように
仏教以外に沙門はいない
すべての現象には恒常はない
仏陀には動揺はない

○注:沙門とは解脱(悟り)を目指している修行者

○この詩から学ぶこと

 この詩の一行目の直訳は「空には足跡がない」となります。二行目は「外部には沙門はいない」です。これをどのように理解するかです。足跡とは足跡で作られた道のことです。空には鳥たちがいくら飛んでも飛ぶ道はできません。しかし大地には動物たちが歩けはそこに道ができます。

 空は仏教以外の宗教や修行団体を譬えているのです。そこには無数の悟りへの道が提案されているのですが、悟りへの道はありません。この詩には表現されていませんが、空に対する大地は仏教を暗示しています。そこには仏陀が残した悟りへの大道があるのです。

 悟りへの道は普遍的真理ですから、仏教だけのものではありません。誰でも歩むことのできるものなのです。しかし、それを仏教以外では教えていませんから、仏教以外には沙門はいないということになるのです。これは決して独断的な主張ではないのです。

 その理由が、3行目と4行目にあります。捏造です。パーリ語ではパパンチャですが、スマナサーラ長老が採用した訳語です。これが悟りへのキーワードなのです。これは心の作用です。これがあるために私たちは事実を正しく認識できないのです。ありのままに見ることができないのです。私たちは何かを感じるとすぐ、この心の捏造作用が働いて、事実をありのままに見ることができなくなるのです。

 ここ捏造作用を止めれば、次の詩の3行目にあるように、すべての現象には恒常がないことを発見できます。その智慧により、すべての現象に対する執着がなくなり、解脱の道に至ることになるのです。このことを教えているのは仏教以外にはないのです。この詩も凄い詩なのです。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

身の丈修行者
2015年01月31日 16:14
学問や自己啓発系セミナー・資格の取得等々色々なものがありますが、ではそれで心が成長するのか?との意味で難があるように感じてきました。

ワンギーサ長老の本文をみて、今まで上記で何かしっくりこなく感じてきた理由が分かるように思いました。

今後はこちらの道で学ばせて頂きたいと思います。

「仏陀には捏造はない」は身の丈ですが、実践するほどそうだなと実感しています。


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