八正道で悪魔の好む見解正し解脱する 

ダンマパダ 274

見解を正しくする道は
八正道の他にはない
この道を実践せよ
これは悪魔の困る道なのだ

○この詩から学ぶこと

 このブログ紹介に「社会の問題も個人の問題も見解の誤りから起こる」と書きました。間違った見解はあり過ぎるので、一つ一つ示すことはできませんが、正しい見解(正見)は示すことはできます。正しい見解とは四聖諦です。すなわち苦諦、集諦、滅諦、道諦を知ることです。我々の見解はこれとはあべこべの見解です。たとえば、人生は苦であるとは思っていません。また、苦の原因が渇愛(欲望)とは思っていません。であるから当然、欲望をなくそうとは思っていません。だから、八正道を実践しようとは思っていません。

 この詩では誤った見解を正す道は八正道の他にはない。八正道が唯一の道だと述べています。ではこの唯一の道を少し吟味して見ましょう。

1.正見については上に述べました。
2.正思惟とは欲を離れた思惟、怒りのない思惟、害意のない思惟です。これらは正見によってできるものです。また、これで誤った見解が正されます。
3.正語とは、妄語、両舌、悪口、無駄話のない話し方です。これらは正思惟によって実行できます。
4.正業とは、殺生しない、盗まない、邪な行為をしないことです。
5.正命とは、正しい職業で生活することです。
6.正精進とは、起きていない悪行為は起きないように、起きた悪行為は止めるように、行ってない善行為は行うように、行っている善行為は引き続き行うように努力することです。
7.正念とは、行動を観察し、感覚を観察し、心を観察し、諸現象における真理を観察して、欲と憂いを除いて生活することです。
8.正定とは、第一禅定から第四禅定がありますが、まとめて言えば、混乱・興奮しないで落ち着いて集中していることです。
これらのことで、見解が正されるのです。最終的に見解が正された時は悟りです。

 八正道を実践する修行者の修行を悪魔も邪魔することはできないのです。悪魔は人間が悟りに至ることが嫌いで、何とか欲の世界に留まるように、修行を邪魔するのだと言われています。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~ 

この記事へのコメント

ホーシノヒトリゴト
2008年08月26日 10:27
ワンギーサさん 今日も懇切丁寧に解説していただきありがとうございます。論理的な解説で解りやすいです。さて、悪魔が精進(修行)を邪魔するということですが、その悪魔は自分の心のことなのでしょうか? 自分の無明の心が苦悩という刺激を欲しがって幸せになるのを邪魔するのでしょうか?
ワンギーサ
2008年08月26日 19:30
ホーシノヒトリゴト様
悪魔の考え方は、実在の生命と考えずに、煩悩を擬人的に表現したものと考えても良いと思います。そう考えて修行しても全然問題はないと思います。しかし、私が経典を読んで感じることは、釈尊は、単に煩悩の擬人的表現ではなく、悪魔という生命を感じていたように思います。分からないのに、有るとか無いとか決め付けるのは正しい認識を妨げます。
身の丈修行者
2015年02月03日 13:00
悪魔学という学問がある?と伺ったことがあります。

そこでの話で覚えている事は、悪魔は人間の怠惰・堕落・争い・妬み・混沌等をエネルギーにしているので、それがないと生きられず死んでしまう、というものだったように思います。

その真偽は分かりませんが、智慧を得て煩悩を減らせるような生き方をしたいなと思います・

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