仏陀の弟子は身体を念じ 漏尽通得て解脱する 

ダンマパダ 299

常に仏陀の弟子は
よく覚醒していて
昼も夜も
身体を念じている

○この詩から学ぶこと

 今回もこの三日間とほぼ同じような詩です。しかし、これは仏、法、僧の変わりに身体と入れ替わっただけですが、内容はかなり異なります。

 この4行目「身体を念じている」(パーリ語でカーヤガターサティ)と同名のお経が中部経典にあります。それは第119番(身至念経あるいは念身経)です。

 そのお経の始めに「身に至る念(身体を念じている)は修習され、復習されたならば、大きな果報のあるもの、大きな功徳のあるものになる」と説かれています。そして「身に至る念(身体を念じている)について詳しく説明されています。以下その項目を列挙します。

 1.出息・入息の観察 2.行住座臥の観察 3.正知を持った行動 4.身体の32の部分の観察 
5.地水風火の要素の観察。
 6.墓地に捨てられた死体を観察 7.墓地に捨てられ動物に食べられた死体を観察 8.骨と血肉と筋がつながっている死体を観察 9.肉のない血まみれの骨と筋がつながっている死体を観察 10.血肉のない骨と筋のつながっている死体を観察 11.つなっがてない散乱した死体を観察 12.白くなった骨の死体を観察 13.骨が山積みにされ一年たった死体を観察 14.骨が粉々になった死体を観察。 このような観察を怠けることなく熱心に続けると、世俗的な思いや考えがなくなり、心は確立し、落ち着き、専一になり、安定します。
 次は15.第一禅定 16.第二禅定 17.第三禅定 18.第四禅定 
以上が「身に至る念」であります。

 このような「身に至る念」を実践すれば、次の十の功徳が説かれています。
1.不快を征服できる。 2.恐怖を征服できる。 3.身体の苦痛に耐えられる。 4.四禅定を随意に得られる。 5.神足通が得られる。 6.天耳通が得られる。 7.他心通がが得られる。 8.宿明通が得られる。 9.天眼通が得られる。 10.漏尽通が得られる。

 経典にはこう書いてありますが、5.から6.のいわゆる神通力のようなものは期待しないほうがいいのです。大切なことは10.番目の漏尽通です。これは煩悩をなくす力です。これさえあれば解脱でき、修行は完成なのです。

 「身体を念じている」はほとんどの修行が含まれているようですが、残りの修行は次のダンマパダ300、301に述べられています。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~ 

この記事へのコメント

ホーシノヒトリゴト
2008年09月17日 09:19
ワンギーサさん、今朝も論理的な解説ありがとうございます。ヴィパッサナー瞑想の重要さが今日の解説でよく解りました。これからも「身に至る念」を実践しながら「十の功徳」が得られるよう努力します。
身の丈修行者
2015年02月05日 16:36
スマナサーラ長老やワンギーサ長老より学ばせて頂き、超能力のほうに注目するような事はなくなっています。
お陰さまで巷の「(超能力系で)凄い」と言われる方も冷静に見れています。
四禅定はまだ分かりませんが、不快を征服できる・恐怖を征服できる・身体の苦痛に耐えられるについてはある程度(身の丈ですが)そのニュアンスを感じています。
さらに煩悩がなくなるように日々精進したいです。

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