言葉を守り心を守り行ない正し完成だ

ダンマパダ 281

言葉を守り、心をよく管理して
身体によって不善を行わない
これら三つ行為を清めるならば
仏陀の説かれた(八正)道を完成するだろう

○この詩から学ぶこと

 ダンマパダはと言うべきか仏教はと言うべきか、本当に懇切丁寧で、親切なのです。先ず、私たちが真に幸福になる道、八正道を示しました。そして、昨日は八正道を実践するには怠けてはいけないと私たちを励ましています。そして今日は、八正道は課題が八つもあり、実践するのは大変だと困っている人々のために、その具体的な実践方法を教えているのです。

 八正道を実践する時、先ずすべきことは行為を正すことです。仏教では行為といえば、身体の動きだけでなく、話すこと、考えることを含めます。それを短くそれぞれ、身、口、意、といいますが、
正しい身体による行為を正業と言います。正しく話す行為を正語といいます。そして正しく考えることを正思惟と言うのです。

 上の詩に従えば、「言葉を守り」ですから、正語を実践しなさいということです。正語は嘘をつかないこと、陰口を言わないこと、暴言を吐かないこと、無駄話をしないことです。これらも一つずつできるようにしていくことです。

 次は「心を管理して」は広い意味ですが、まず正思惟を実践すればよいと思います。それは欲の思いを持たないこと、怒りの思いを持たないこと、無知な思いを持たないこと(矛盾した考えを持たないこと)です。これも一つずつ実践していくのです。

 さらに、「身体による不善を行わない」ようにするのです。生命を殺さないこと、与えられていないものを取らないこと、邪まな行為をしないことです。

 これらのどの行為を実行すためには正精進が必要です。また自分の行為に注意を向けていなけれ実行できないので正念が必要です。そしてこれらの行為を実行するためには集中力すなわち正定が必要なのです。ですからどれか一つだけでも実践すると八正道すべてを実践することになるのです。

 八正道の出発点であり到達点であるのは正見です。表現は適当ではないのですが、不完全な正見から完全は正見まで、八正道の八つの課題を繰り返し実践するのです。そして完全な正見に達した時、悟りなのです。釈尊は八正道に深遠なる智慧よって巧妙な仕組みを作っているのです。八正道のどこか少しだけでも実践始めると完成に向かえるようになっているのです。でもそのようなことを気にせずにただ実践すればいいのです。もしその仕組みを知り人がいるならば中部経典の第117「大四十経」は参考になります。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~ 

この記事へのコメント

身の丈修行者
2015年02月04日 12:39
八正道を守る・・となると多すぎて出来難いイメージを持った事があります。

そんな様に出来る事から実行していくうちに、全体のニュアンスを自分なりですがなんとなく思う事がありました。

言葉で拝見したものを実際に身体で実行していくうちに自分の中で掴む・・ようなニュアンスでしょうか。

言葉は陰口や無駄話という面で自分に反省を感じています。極力本人に言えるような発言を心がけたいと思います。

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