戒を守らぬ悪行比丘は布施を受けずに火玉呑め

ダンマパダ 308

戒を守らず野放図な比丘は
熱い火炎のような
鉄の玉を呑む方がましだ
信者の布施を受けるよりは


○この詩から学ぶこと

 この詩も私にとって分かりにくいものの一つでした。その頃はまだパーリ語を勉強してませんでしたので、日本語訳を読んでいました。たぶん訳者が輪廻を受け入れたくないので正しく訳せなかったからだと思います。この詩の意味は、輪廻を考えなけれ分かりません。

 戒律を守らず、修行もしない比丘が、信者さんのお布施を受けて生活するのならば、その罪は大きく、必ず地獄に行くことになります。しかも地獄に行くということは一回だけで地獄に行くのではなにのです。数えられないくらい繰り返し地獄に行くことになるのです。だから、信者さんのお布施を受けて、地獄に行くよりは、熱い火炎のような鉄の玉を呑むことは、一回だけ苦しむことだから、ましなことなのだと言っているのです。

 昨日も書きましたが、比丘は他人に依存して生活していることを何時も自覚していなければなりません。また、自分の意思で出家したのですから、それだけの覚悟が必要なのです。それにしても地獄に行くことは、火炎のような鉄の玉を呑むよりは何倍の苦しいことなのだと在家の人々もよくよく理解して、悪行為はしないように注意すべきです。

 最後に、この詩ができた因縁物語を紹介しておきましょう。
 ある時、飢饉がありました。食べ物を充分にもらうために、何人かの比丘が阿羅漢になってないのに、阿羅漢になった振りをしました。その嘘により、少しも困ることなく、最高の食べ物を得ることができました。雨安居の後、比丘たちは仏陀に会いに行きました。他のすべての比丘たちは顔色は悪く、やせこけていましたが、例の比丘たちは健康的で肥っていました。仏陀は彼らに「なぜそんなに元気で居られるのか」聞きました。彼らは仏陀に起こったことを話しました。仏陀は「悟ってもないのに、悟った振りをすることは一番悪い行為の一つである」と最悪の嘘をついた比丘たちを非難し、上の詩を唱えました。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~ 

この記事へのコメント

ホーシノヒトリゴト
2008年09月26日 08:28
ワンギーサさん 昨日はありがとうございました。十法経については要点を覚えるために整理してみました。今日の詩で五戒を守ることや善業を積むことが今生だけでなく来世にも影響するということがわかりました。今朝もありがとうございました。
身の丈修行者
2015年02月06日 12:10
自己顕示欲やまたは生活の為、自分を本当と違うようにPRしてしまう事は自身を振り返ってこれまでにあったと思います。
その心を考えますと「自分が中心になりたい」「自分は凄いと言われたい」等の見栄みたいなものがありました。
そんな嘘をついてしまうと、嘘が嘘を呼び最終的に収集がつかない人格崩壊?のような状況にもなりかねないと思います。
悪い業を作らないように・地獄に落ちないように精進したいです。

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