善友満足福徳捨苦 孝行敬出家阿羅漢 道徳確信智慧不悪行

ダンマパダ 331、332、333

必要が生じたとき、友がいるのは幸福です
どんなことにも満足するのは幸福です
命が終わるとき、福徳のあるのは幸福です
一切の苦を捨てるのは幸福です

この世で母孝行できるのは幸福です
またこの世で父孝行できるのは幸福です
この世で出家者を敬うのは幸福です
またこの世で阿羅漢を敬うのは幸福です

老いるまで道徳を守るのは幸福です
確信があるのは幸福です
智慧を得るのは幸福です
悪いことをしないのは幸福です


○この詩から学ぶこと

 今回は三つの詩で十二の幸福を教えています。一つ一つ吟味してみましょう。

1.必要が生じたとき、友がいるのは幸福です。
 友と言っても善友です。どのような友が善友か、シガーラ教戒経(スマナサーラ著「ブッダの青年への教え」168ページ)から引用します。
 ①助けてくれる、兄のような、協力者の友だち
 ②苦楽をともにする、双子のような友だち
 ③アドバイスしてくれる、先輩のような友だち
 ④心配してくれる、姉のような友だち
 このような友だちがいたら、それだけで幸福です。あなたが慈悲喜捨の心を持てばすぐ発見できます。

2.どんなことにも満足するのは幸福です。
 満足するとは、必要最小限で充分だと思うことです。欲はいつも足りないという思いですから、それと反対のものです。必要最小限で充分だと思えれば、たいていの物事の満足できるのです。満足している人は幸福です。

3.命が終わるとき、福徳のあるのは幸福です。
 福徳とは私たちが善行為をした結果できる私たちの財産なのです。この財産は泥棒にも奪われないし、どんな災害にあってもなくならない、死後も来世に持っていける本物の財産なのです。ですから、命が終わるとき、福徳のあるのは幸福です。ですから善行為をすることはいつでも幸福です。

4.一切の苦を捨てるのは幸福です。
 ヴィパッサナー冥想で経験できることは、苦が消えたとき楽を感じられることです。一切の苦を捨てたら、完全な楽を感じられるであろうと予想できます。その時は悟りでしょうし、それは完全な幸福でしょう。

5.この世で母孝行できるのは幸福です。
6.またこの世で父孝行できるのは幸福です。
 親孝行については、このブログの10月7日に書きました。
  http://76263383.at.webry.info/200810/article_7.html
 上に引用した「ブッダの青年への教え」(197ページ)に「お釈迦さまがおっしゃるのは『両親の面倒をちゃんとみてみなさいよ。どれほど楽しいか」ということです。」と書かれています。実際に経験してみてください。幸福がしみじみと感じられると思います。

7.この世で出家者を敬うのは幸福です。
 現代日本人を見るとほんの一部の人を除いて、この幸福を経験しているのは少ないでしょう。しかし、スリランカやミャンマーの仏教徒はお坊さんと接しているとき本当に楽しそうです。幸福を感じているに違いありません。日本でも精舎に食事のお布施をしに来る方々はそれを感じていると思います。また、出家者を敬い世話をすることは仏教を守ることですから、大きな善行為です。それは自分の福徳を作ることでもあるのです、3.でも述べたようにそれは幸福なことなのです。

8.またこの世で阿羅漢を敬うのは幸福です。
 どなたが阿羅漢であるかは本当のところは分かりません。しかし、阿羅漢がおられなかったら、仏教は守られてこなかっただろうと思います。ここまで本物の仏教が続いてきたのは、阿羅漢の力のおかげなのです。ですから、阿羅漢を敬い、お世話することは最大の功徳があると思います。それは最大の幸福です。

9.老いるまで道徳を守るのは幸福です。
 「私は道徳を守って生きてきた」と言える人は誇りのもてる人です。幸福な人です。

10.確信があるのは幸福です。
 世間の人々はほとんどが「どう生きていいか分からない」人です。これらの人々は悩み多い迷いの生活を送っています。それに対し確信のある人は幸福です。神を信仰している人は確信がありそうに見えていますが、神がいるという証拠がないのでいつも迷いがあり、確信がないのです。仏教の確信は証拠に基づくものですから、本物なのです。

11.智慧を得るのは幸福です。
 ダンマパダは智慧の詩集ですから、ダンマパダを学ぶと智慧を得るための知識がえられます。同時に智慧も得ています。少し理屈ぽい言い方をしていますが、その時幸福を感じます。愚か者から少しずつ賢い人間になっていると感じられるからです。

12.悪いことをしないのは幸福です。
 世界は因果律にしたがていますから、悪いことをしなければ悪い結果はないのです。安心できる生活ができるのです。これは幸福なことなのです。

 上の12の事柄はつながったことがらです。この一つだけでも実践できれば、他の課題も実践できます。どこからでも初めて、幸福を感じてください。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~  

この記事へのコメント

2008年10月12日 08:09
ワンギーサさん、今日は。今日の内容は大変示唆に富んだものでした。今現在では11番目がもっともピンときます。このように毎朝、ダンマパダの教えに接するのは、自分にとって非常に善いことです。どのように善いかというと、その日一日、仏教に則して生きてみようという気が自然とわいてきます。特に道徳は絶対守ってやるぞ!と気合いが違います。このブログに出会えて良かった!と実感してます。有難うございました!
ホーシノヒトリゴト
2008年10月12日 12:07
ワンギーサさん 今朝もありがとうございます。今日の詩は「幸福に生きる」ための方法、手段ですね。1と2は誰も強く求めています。3について若いうちは気がつかないでしょう。4は強く望んでいながら新たな苦を作っている現実を考えると仏法をしらないと解らないですね。5と6は当たり前のことですが本当の人間関係、信頼関係が希薄な現在では難しい問題です。7と8は現在の社会問題、生活文化の問題だと思います。出家者が尊敬される実態が見えないこと、宗教(仏教を含め)が多くの人に敬遠されていることを改善しなと困難ことですね。私はテーラワーダ仏教に触れ幸せを感じております。9は当たりまえですね。以前、長老から「善いことを長いあいだ行っていても善い結果は現実にならない、しかし、悪いはすぐに現実として現われる」ということを聞きました。10は難しいですが大事なことですね。真理や普遍の法則から確信を持つことですね。11は「智慧の開発」を実践することですね。「十二因縁」によると「無明」からはじまるから無明を無くすことですね。12は「因果法則」、普遍の法則から当然のことですね。ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年02月10日 09:58
吉祥教も勉強になるなと思いましたが、こちらも素晴らしいですね。早速印刷致しました。
幸福とは何かという事が明確に分かります。
また「善友満足福徳捨苦 孝行敬出家阿羅漢 道徳確信智慧不悪行」もインパクトありますね、素適に思います。
幸福を得られる様に精進したいです。

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