財産や子や妻への執着捨てて賢者遊行する

ダンマパダ 345,346

鉄製、木製、麻製のものを
強固な拘束と賢者は言わない

宝石や耳飾への執着と
子供や妻への愛情は
引力のある、ゆるやかだが
強固な拘束だと賢者は言う

これさえも断ち切って賢者は遊行する
執着することなく、愛欲と快楽を捨てて



○この詩から学ぶこと

 「鉄製の手錠や鎖、木製の手かせ足かせ首かせ、麻の縄にはたいした拘束力はないのだ。それよりの宝石や首飾りや耳飾りの宝や財産への執着あるいは自分の子供や自分の妻への愛情の方が、人間を強く拘束するのだ。」と釈尊は仰います。

 前者は肉体を拘束するだけなのです。しかし、後者は人間の心を拘束するのです。心を拘束されれば人間はお手上げです。どうすることも出来ないのです。拘束された心は、もうそこから抜け出ようとは思わないからです。もしそこから抜け出そうと思っても、そこから抜け出すのは難しいのです。具体的には考えれは分かり易いでしょう。例えば子供や妻と別れることが必要になった場合、それでも妻子と別れることは大変難しいことはすぐ分かります。

 余談ですが、日本の戦国時代に諸国が同盟を結ぶとき、妻子を人質にとったり、江戸幕府は諸国の大名の妻子を江戸に置かせるなどの政策は人間の心の拘束力を利用したものなのでしょう。

 では、なぜ賢者はこの断ちがたい、拘束力のある執着を断ち切って遊行するのでしょうか?子供や妻への断ちがたい愛情を捨てて、遊行するのでしょうか? 特にこの点は仏教が誤解されたり、あるいは仏教批判の材料にされたりすることです。

 基本的には妻子への愛情といっても執着なのです。ですから、執着を捨てなけれは、智慧が表われず、真理を悟ることが出来ないからです。真理を悟ることができれば、自分自身を苦から解放させることが出来るばかりではなく、多くの人に真の幸福への道を示すことが出来るからです。

 もちろん、妻子が生活できない状態のまま捨てて、遊行すことは許されていません。彼らの生活が保障されれば、彼らの真の幸福のためにも、遊行する、出家するのです。

 ミャンマーやタイなどの仏教国のことを考えれば、感情的にも理解しやすいでしょう。それらの国では、若者は一時出家をします。その一番多い理由は、母親への親孝行のためだそうです。女性は比丘にはなれませんが、自分の息子が出家したら、母親は最高に大きな功徳が得られると信じられているからです。母親は息子が出家したら嬉しいですし、出家者を出した家族は不幸にならないと信じられていますから、親戚中で喜ぶのです。ですから、自分が家族への執着を捨てることができれば、本当に修行を完成させようと思えば、遊行するのです。
 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~  

この記事へのコメント

2008年10月20日 07:48
ワンギーサさん、おはようございます。捨てるに捨てられないのが、又捨てても未練が残るのが執着なのでしょう。身近な例では、タバコをやめるにやめられない、車を廃車にしたいが、なかなかできない、長年使用したカメラを使いもしないのにしまっておく、等でしょうか。やはり、「心」の問題でしょうが、それが家族となれば、なおさらのことでしょう。確かに、徳川幕府のそれはある意味妙案だったかもしれません。有難うございました。
ワンギーサ
2008年10月20日 08:48
新様。おはようございます。毎日コメントありがとうございます。質問ではない時は返事は書かない時があるとおもいますが、今後もよろしくお願いします。
ホーシノヒトリゴト
2008年10月20日 08:55
ワンギーサさん、今朝もありがとうございます。さて、少しばかり疑問があります。息子が一時出家してブッダの教えを学ぶことは本人にとって素晴らしいことですが、母親が最高に大きい功徳を得るためにするということは執着ではないでしょうか? 確かに息子が自分の人格を成長させると言うことは良いことですね。その善行が母親にとって最高の幸福なのでしょうか? ご指導宜しくお願いします。
ワンギーサ
2008年10月20日 12:18
ホーシノヒトリゴト様
出家するような立派な息子を育てたという大いなる善行為をしたことなのです。その息子が阿羅漢になれば、その功徳ははかりしれないものなのです。
ホーシノヒトリゴト
2008年10月20日 19:32
ワンギーサさん、親も子供も慈しみの心で精進して人格を完成するよう努力することが必要ですね。ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年02月14日 13:53
(ワンギーサ長老の分かり易い解説の)真理を悟り・多くの人に真の幸福への道を示すことが出来る・・方を尊敬致します。
精進して少しでもそのような生き方が出来るように努めたいです。

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