乗り物でなく、自己の訓練が未到の涅槃に連れて行く

ダンマパダ 322、323

訓練されたラバたちは優れている
シンドゥ産の駿馬たちも優れている
クンジャラーという巨象たちも優れている
それよりも自分を訓練した人は優れている

何となれば、これらの乗り物では
未到の涅槃には行けないから
自分をよく訓練することによって
訓練した人は到達する


○この詩から学ぶこと

 ある時、釈尊は比丘たちに聞きました。「智慧を増やす方法は何か?」 それに対して釈尊自身が「1.智慧ある人に親しむこと。2.正法を聞くこと、すなわち学ぶこと。3.如理に作意すること。4.法に即した行ないをすることである」とお答えになりました。(南伝大蔵経18巻428ページ)

 「4、法に則した行ないをすること」に関しては、9月28日にダンマパダ84番で説明しました。
  http://76263383.at.webry.info/200809/article_28.html

 さて、今回の詩は「3.如理に作意すること」の分かりやすい例だと思います。その説明をする前に、「如理に作意すること」の説明をします。この意味は論理的で有益な目的のある思考をすることです。ただ論理的であればよいのではありません。論理的であっても、有益な目的のない思考は無駄な思考であり、世の中を混乱させます。論理的であっても、有害な目的のある思考は人類の破滅をもたらします。その最大なものは戦争です。

 論理的に考えるとは根拠があるということです。上の詩で、訓練されたラバよりも、駿馬よりも、巨象よりも、自分を訓練した人は優れていると述べられています。論理的であるためにはその根拠が必要なのです。この詩では、訓練されたラバ、駿馬、巨象に乗って涅槃にはいけないが、自分をよく訓練すれが涅槃に到達できるという根拠が示されています。釈尊の説法すなわちお経はすべて解脱のため、涅槃に到達すために役に立つという明確な最高に有益な目的があります。この詩もその通りのものであることがはっきりと分かります。

 八正道の正思惟は、欲のない思考、怒りのない思考、害意のない思考のことですが、論理的な思考すなわち根拠のある思考と、同時に解脱に役に立つ、涅槃に達するためという最高に有益な目的ある思考をするようにこころがければ、智慧が増すことは間違いがないことです。

 結論は、自分自身を訓練して、智慧を増やして、涅槃に到達しようということです。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~ 

この記事へのコメント

2008年10月06日 08:28
ワンギーサさん、今日は。今日は、論理的思考について極めて論理的に解説して頂きました。確かに、悪知恵にたけていて、一応論理的でかなりシャープな思考自体はよくあることです。最近では「振込み詐欺」の方法などがその例でしょうか。ところで、八正道の正思の場合は心が落ち着きます。逆に欲、怒り、害の思考すれば簡単ではありますが、心が混乱してくるのが分かります。混乱を防ぐためにも、正しい思考が必要なんじゃないかと思います。有難うございました。
ホーシノヒトリゴト
2008年10月06日 08:28
ワンギーサさん 今朝もありがとうございます。今日のコメントは私にとって有益で大いに役に立つ教えです。八正道という法に即した思考で生きて行きたいと思います。ありがとうございました。
ワンギーサ
2008年10月07日 07:08
新様、ホーシノヒトリゴト様
毎回のコメントありがとうございます。
皆様のコメントは大きな励みになります。
これからも、期待に応えられるようなブログを書くように頑張ります。
身の丈修行者
2015年02月08日 19:32
ワンギーサ長老の本文の「自分自身を訓練して」の言葉とても心に響きました。また自分の主観でねつ造してしまう流れでなく、正しく見る事が智慧を増やす事になり、涅槃に繋がると感じました。
思考にも注意をして、意味のあるものの実践をして参りたいです。

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