生命の構成要素の生滅を触知したなら不死の境地だ

ダンマパダ 374

五蘊の生滅を
触知したならば
不死を知った人の
喜悦を得る


○この詩から学んだこと

 釈尊は生命の構成要素を五つに分析されました。それを五蘊と言います。それぞれは、色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊です。色蘊は肉体です。受蘊は感覚です。想蘊は概念と考えておけばよいでしょう。行蘊は感情または衝動です。識蘊は認識作用です。一応近い概念を当てはめましたが、厳密にはアビダンマを学んで下さい。(「初期仏教キーワード」135、136ページ参照)

 釈尊は対象を認識する場合、対象を曖昧に漠然と眺めるのではなく、対象を分析し、その分析されたもの一つ一つをよく吟味し、また総合し、判断するという科学的、理性的立場を貫きました。ですから、仏教は宗教というよりは科学であると言ってよいのです。ただし、物質の分析は自然科学者に任せ、彼らの出来ない生命の幸福のための心の分析を、仏教は担当しているのです。

 さて、五つに分析された生命の構成要素の消滅について見てみましょう。先ず 色蘊、肉体の生成を脊椎動物について考えてみましょう。母胎の卵巣の生殖細胞が卵母細胞になり卵子になります。一方、雄の精巣から精子が生成されます。受精によって卵子と精子が合体します。通常ここから一固体の始まりまです。この受精卵はしばらくすると第一分裂を始めます。そうすると二つの細胞になった受精卵になるのです。このとき、初めの受精卵は死んだのです。そして、2分の1になった細胞が生まれたのです。次に第二分裂が起こります。そうすると2分の1になった細胞は死んで、4分の1になった細胞が生まれたのです。

 このように、死と生を繰り返しながら、人間であれば十月十日で出産します。その後も身体の中では、すべての細胞は短時間で死に、代わりに新しい細胞が生まれているのです。肉体は止まることなく生滅を繰り返しているのです。そして新たに生まれた細胞も少しずつ老化して行くので、身体全体としても老化して行き、死滅するのです。

 次は、受蘊すなわち感覚も消滅を繰り返しています。感覚は眼、耳、鼻、舌、身、意の場所で色、音、香、味、触、法を感じ、苦、楽、不苦不楽を感じることです。身の感覚の一つとして、空腹について考えてみましょう。空腹の感覚は何も食べなければ、どんどん大きくなります。それでも食べなければ、耐えられない苦痛になります。弱い空腹が死に、強い感覚が生まれたのです。さらに強い感覚が死に、耐えられない空腹が生まれたのです。他の感覚もみな同じです。

 想蘊の場合はどうでしょうか。人間の場合は概念です。概念は言葉といった方が分かりやすいですね。言葉は外界の刺激や記憶から生まれます。外界の刺激は絶えず変わりますから、言葉は頭の中で生まれ、次の刺激が現われると、その言葉は消えて、新しい言葉が生まれます。しかも発音や文字が同じでも、自分の頭の中の言葉の意味もどんどん変わっているのです。

  行蘊は感情または衝動ですが、感情や衝動が変わりやすいことは説明するまでもないことですね。女心(男心)は秋の空といいますし、衝動買いで後悔するのは日常のことですから。くりかえしますが、変わるということは、あるものが消えて、他のものが生まれるということです。

 受蘊、想蘊、行蘊を認識するのが識蘊ですから、当然、識蘊も絶えず生滅を繰り返しています。

 以上のことを、頭で理解するのだはなく、体得したら、すべての執着から離れ不死を実感できると釈尊は仰います。不死とは涅槃の境地です。そこは喜悦の世界だとも言われるのです。

○生命の構成要素の生滅を触知したなら不死の境地だ

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年11月13日 05:33
ワンギーサさん、おはようございます。確かに頭だけで理解しようとすると、ますます分からなくなるのが、この五蘊です。特に、受、想、行、識は分かりづらいです。しかもそれは同時ですから、ややっこしいと思います。私の場合は、ひとつだけに絞ってみたら、少しは理解出来事るようになりました。例えば、受だけに焦点を絞ってみると、想の部分があることが理解出来事ました。そして、それれらは変化します。しかし、まだまだ真の理解ではないので、努力したいと思います。有難うございました。
ホーシノヒトリゴト
2008年11月13日 09:16
ワンギーサさん 今朝もお説教本当にありがとうございます。「初期仏教キーワード」を読んでいますが、ワンギーサさんがおっしゃるように、仏教は人間について科学的に詳細に分析しています。初期仏教を勉強すればするほど迷いの霧が晴れていくようです。私に最も必要なことは体得です。サードゥ、サードゥ、サードゥ。
身の丈修行者
2015年03月03日 21:31
ワンギーサ長老の分かり易い解説の中の
「生命の幸福のための心の分析を、仏教は担当している」
「(五蘊を)・・体得したら、すべての執着から離れ、不死を実感できると・・。不死とは涅槃の境地です・・」
とても心の響きました。仏教とご縁が持てて至福に思います。
そして是非五蘊を理解→体得して、涅槃を目指したいです。

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