若くともブッダの教え行えば雲を離れた月のようです

ダンマパダ 382

年が若くとも
ブッダの教えを実践する比丘は
雲を離れた月のように
世の中を明るくする


○この詩から学ぶこと

 今回の詩と3行目と4行目が同じ詩が、ダンマパダには3つあります。

 昔は放逸であっても、後で不放逸である人は
 雲をはなれた月のように、世の中を明るくする(172番)

 悪行の結果を善行で止めた人は
 雲をはなれた月のように、世の中を明るくする(173番)

 そして、今回の382番の詩です。実は173番の詩からこのブログから始めたので、少しなつかしいのですが、この「世の中を明るくする」とはどういう意味でしょうか?

 このブログのタイトルにあるように、私は「困った時はダンマパダ」を思い浮かべるのです。難問の答えは必ずダンマパダから探せます。「世の中を明るくする」を理解するためには先ず世の中が暗いという認識が必要です。11月17日に引用した146番の詩で、釈尊は「我々は暗黒(無明)で覆われている」と指摘しています。さらに、174番で「世界は盲目の生命だ(この世の中は暗黒である)、よく観察する人が少ない」と指摘しています。

 今日の世の中や自分自身をよく観察すると、自分の望んでいることと、逆の結果になるような行ないをしていることに気がつかされるのです。よく考えれば愚かとしかいえないのです。でもほとんどの人間はそのことに気づいていません。この見解に反論したい人は、悩みや苦しみの原因が自分の欲望であることを知って、欲望に対する執着を捨てようとしているかどうか観察して下さい。執着は捨てられないでいるどころか、必死にしがみ付いていることが分かると思うのです。

 172番の「不放逸である人」は無明から離れ、執着を捨てる人なのです。173番の「悪行の結果を善行で止めた人」は「欲、怒り、無明」をなくした人なのです。今回の382番の「ブッダの教えを実践する比丘」は悟りを開く人なのです。これらの人々は、自分の無明を捨て、光明を得た人なのです。ですから、他の人々の進むべき道を指し示すことが出来るのです。このことを「世の中を明るくする」というのです。

 「年が若くとも」とありますが、これは若くなくとも、年老いていても、「ブッダの教えを実践する」人は「雲を離れた月のように、世の中を明るくする」ことが出来るのです。私は既に64歳ですが、これからも、「ブッダの教えを実践する」と思っています。

○若くともブッダの教え行えば雲を離れた月のようです

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年11月20日 06:29
ワンギーサさん、おはようございます。今東京は明るく、夜道を月の光で歩くようなことはピンと来ないかもしれませんが、昭和の始めあたりは月の光は生活に密着してたそうですね。この詩も喩えがいいですね。雲がかかっていても、やがて自然と満月の光を放つシーンは子供の頃はよく見ました。雲は煩悩ですから、自然法則のように煩悩が消えれば光輝くのでしょう。
ホーシノヒトリゴト
2008年11月20日 07:03
ワンギーサさん、今朝もお説教ありがとうございます。おっしゃるとおりです。金融不安、テロ行為、振込み詐欺などなどから世界中が不安だらけ、暗闇の中にあります。エゴ(自我)がはびこり過ぎた結果のツケだと思います。今こそ、人間は自分の「貪・瞋・痴」に気づき、それから離れるように努める必要性があると思っています。ありがとうございました。
ワンギーサ
2008年11月20日 07:18
新さん、ホーシノヒトリゴトさん、おはようございます。毎日コメントありがとうございます。
新さんの「雲」は煩悩の喩えであると言う指摘はその通りですね。私は気がつきませんでした。ありがとうございます。
ツヨシ
2008年11月20日 07:50
 ワンギーサさん、おはようございます。
 24才の大学生が、ブッダの教えを実践すると、大学の人たちが明るくなりますか。
ワンギーサ
2008年11月20日 12:29
ツヨシさん。釈尊は、そうおっしゃっていますので、ツヨシさんも挑戦してみたらどうでしょうか。それに人生をかける価値はあると私は思います。人生には価値も目的のないが、釈尊が涅槃を目指すという目的と価値を示してくれたのだとスマナサーラ長老は仰っています。
身の丈修行者
2015年03月05日 09:41
ワンギーサ長老の分かり易い本文を拝見し、月ではなく「太陽」とは表現されなかった理由は何だろう・・と思いました。
太陽ですと存在感が(影響が?)有り過ぎになってしまうでしょうか。
月でしたら、どんな状況でも無害かと思います(天体観測には向かないかもしれませんが)
そっと淡い明りを照らせるような生き方、目指したいです。

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