正念と正定修しバラモンは悟り開いて拘束なくなる

ダンマパダ 384

二種の法を修習した時
バラモンは彼岸に到った者となる
そして悟った彼には
すべての拘束が消失する


○この詩から学ぶこと

 この詩の一行目の「二種の法」とは何でしょうか?八正道の「正念」(あるいはヴィパッサナー冥想)と「正定」(あるいはサマタ冥想)の二つです。それぞれの説明は釈尊から直接に聞いた方が分かりやすく、正確です。そのため、長部第22「大念処経」(片山良一訳)から引用させて頂きます。

「また、比丘たちよ、正念とは何か。
 比丘たちよ、こに比丘は身において身を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。もろもろの受において受を観つづけ、熱心に正知をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。心において心を観つづけ、熱心に正知をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。もろもろの法において法を観つづけ、熱心に正知をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。比丘たちよ、これが正念と言われます。」

「また、比丘たちよ、正定とは何か。
 比丘たちよ、ここに比丘はもろもろの欲を確かに離れ、もろもろの不善の法を離れ、大まかな考察のある、細かな考察のある、遠離から生じた喜びと楽のある、第一の禅に達して住みます。 
 大まかな考察、細かな考察が消えた、心の安定より生じた喜びと楽のある、第二の禅に達して住みます。
 喜びを離れていることから、平静をそなえ、念をそなえ、正知をそなえて住み、楽を身体で感じ、聖者たちが『平静をそなえ、念をそなえ、正知をそなえて住む』と語る、第三の禅に達して住みます。
 楽を断ち、苦を断ち、以前にすでに喜びと憂いが消滅していることから、苦もなく楽もない、平静による念の清浄のある、第四の禅に達して住みます。比丘たちよ、これが正定と言われます。」

 以上のように、二種の法を修習した時、バラモンは「無常、苦、無我」を発見し、彼岸(涅槃)に達した者になるのです。そして、彼はすべての拘束から離れ、すべての苦をなくし、真に自由な者となるのです。

 尚、悟りには到る二つのパターンがあります。
1、ヴィパッサナー冥想から悟り
2.サマタ冥想からヴィパッサナー冥想から悟り
 釈尊は自身は2番目のパターンを行ないましたが、いずれのパターンでも悟るためにはヴィパッサナー冥想を行ない智慧を開発する必要があるのです。また、ヴィパッサナー冥想でも定は必要ですし、ヴィパッサナー冥想で定は養成できます。

○正念と正定修しバラモンは悟り開いて拘束なくなる

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年11月22日 06:30
ワンギーサさん、おはようございます。まさに実践あるのみですね。八正道を実践して二つの修習に頑張りたいと思います。有難うございました。
身の丈修行者
2015年03月06日 07:40
ヴィパッサナー冥想を実践していく事の大切さを感じます。
あとはやるかやらないか・・だけかと思いますので、日常の中で実践して参りたいです。

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