バラモンは悪がない人修行者は静寂行で出家無垢人

ダンマパダ 388

悪を排除したのでバラモンと呼ばれ
寂静修行によって修行者と呼ばれ
自分の心の汚れを落としたので
故に出家者と呼ばれる


○この詩の学ぶこと

 この詩には釈尊の言葉遊びのユーモアがあります。
「悪を排除した」はパーリ語で「バーヒタパーポー」です。「バラモン」はパーリ語で「ブラーフマノー」です。発音して見ると少し似ています。
「静寂修行」はパーリ語で「サマチャリヤー」です。「修行者」はパーリ語で「サマノー」で語頭の発音が同じです。
「落とした」はパーリ語で「パッバージャ」です。「出家者」はパーリ語で「パッバジトー」で発音が似ています。

 しかし、釈尊は発音が似ているからこの詩を唱えたのではもちろんありません。意味が重要なのです。

 何かを理解する時、何かを見つめていても分からないことがあります。そのような時は、何かの反対のものを考えると分かることがあります。釈尊はようその方法でたびたび私たちに仏教を教えています。例えば、不貪(不欲)です。私たちは欲のない状態を過去に一度も経験したことがなにのです。(厳密にいうと、怒りのある状態のときは欲はないのですが。)
 しかし、欲のある状態ならば、常に経験してよく知っています。欲のない状態の言葉を使うのではなく、経験している欲という言葉を使って表現するのです。

 今回の詩の場合、「悪を排除したのでバラモンと呼ばれ」は、釈尊の時代のインドではバラモンは、バラモンの子供として生まれたらバラモンと呼ばれていました。しかし、そうではないのだと、悪を排除して、悪いことを行わない人をバラモンだというのだと釈尊は仰るのです。

 釈尊時代の修行者は苦行をすることが修行だと考えていました。そのために、この苦行に耐えるために、心では悲鳴を上げていました。声を出さなくとも心はうるさかったのです。釈尊はもちろん快楽を求めることはしませんが、苦行も排除して中道の修行を行ないました。それは心を静めて観察する寂静修行なのです。その実践者を真の修行者だと言ってのです。

 また、家を出て修行すれば、出家者とはいえないと釈尊は仰るのです。家族や財産や自分自身への執着(こだわり)を捨てた人が出家者なのだと釈尊は言うのです。家族や財産への執着を捨てるのは難しいですが、理解することは出来ると思います。

 しかし、自分自身への執着は理解することも難しいのではないかと思います。自分自身と言えば自分の肉体と自分の精神(感情、思考)です。先ず肉体ですが、私たちの関心ごとの第一は肉体の楽しみと肉体の維持です。具体的に言えば、面白いものを見たり、聞いたり、美味しいものを食べたりすことが大好きです。また身体の健康にいつも気に掛けているのです。しかし、私たちは怠け者で愚か者ですから、身体によいことでも、大変なことは実行しません。簡単で面白いことならば短期間ば実行します。

 自分の精神(感情、思考)への執着やこだわりは非常に強いものです。自分の精神が自分自身だと思っているのです。ですから自分の信仰や主義の為ならば、死ぬことも厭わない人もいます。それらへの執着を捨てる人が出家者だと釈尊は仰るのです。釈尊は古い言葉に新しい真実の意味を与えました。

○バラモンは悪がない人修行者は静寂行で出家無垢人

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年11月26日 05:28
ワンギーサさん、おはようございます。「出家者」についての箇所ですが、実際には出家者でなくとも執着をなくせば出家者と言えるのでしょうか?そうでなく、あくまで出家を前提として語っているのでしょうか?有難うございました。
ワンギーサ
2008年11月26日 07:43
新さん、おはようございます。
出家者ならば、執着をなくせということです。
出家者でなくとも、修行者はいます。修行者は執着をなくし、悟りを目指して修行をするのです。
2008年11月26日 08:48
ワンギーサさん、ご指導有難うございます。身近なことでは「学生ならしっかり勉強せい」ということなどにも通ずるものを感じます。その時、その場でやるべきことをやる。ひいてはスマナサーラ長老からよく指導されている「瞬間論」にも繋るものを感じました。あくまで私の感想ですが、ダンマパダの奥深さを改めて感じました。有難うございました。
身の丈修行者
2015年03月07日 06:38
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説「自分の精神・・への執着やこだわりは・・強いものです。・・それらへの執着を捨てる人が出家者だと釈尊は仰るのです・・」から、自分への執着は凄いものがありますが、それを捨てる・・事を思いました。
出家者の気構え、在家の者ですが目指したいです。

この記事へのトラックバック