得たものは少なかろうと満足し清らかな比丘賞賛される

ダンマパダ 365、366

自分の得たものを軽んじないように
他人の得たものを羨まないように
他人が得たものを羨む比丘は
禅定に達しない

たとえ得たものは少なくとも
自分が得たものを軽んじない比丘
怠ることなく清く生きる彼を
神々は賞賛する


○この詩から学ぶこと

 「自分の得たものを軽んじないように」は自分の得たものに満足するようにということです。満足するという態度は人間が幸福になるために不可欠な態度なのです。満足する人は欲も怒りも現われません。満足する人はいつも幸福なのです。

 「他人の得たものを羨まないように」、他人を羨む人は、先ず他人と自分を比べるという態度が問題です。このような人の心は落ち着くということがないのです。すべての存在は同じものがありません。すべて異なる存在なのです。比べることにより優劣などの妄想が生まれるのです。妄想から煩悩が生まれます。煩悩のある人は心が落ち着きませんから、冥想をしても禅定には達しません。比べることは「慢」という不善心所です。(「初期仏教キーワード」66ページ参照)

 また、羨むということは、他人と比べるだけでなく、他人の成功や利得などを嫉妬することです。
これは「嫉」という不善心所なのです。(「初期仏教キーワード」67ページ参照) 不善心所があると、冥想をしても禅定には達しません。

 「たとえ得たものは少なくとも 自分が得たものを軽んじない比丘」、この比丘の心を考えて見ましょう。ここには、多いか少ないかを比較することなく、たとえ少なくとも、比丘が得たものは信者さんの心のこもったお布施ですから、それに感謝し、満足し、軽んじることない比丘の心は安定して穏やかです。

 「怠ることなく清く生きる比丘」とは、欲のない、怒りのない、無知のない生き方を怠ることなくする比丘です。このような比丘は慈悲喜捨の心の比丘でしょう。慈悲喜捨の心とは、毎日このブログの最後に記載している四行の言葉を持っている心です。

 神々は慈悲喜捨の心を持っている人々を賞賛します。神々は慈悲喜捨の心のエネルギーで生きているのですから。

○他の人のもらったものを羨んで心を揺らす比丘に定はない (355)

○得たものは少なかろうと満足し清らかな比丘賞賛される (356) 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年11月05日 04:46
ワンギーサさん、おはようございます。私は比丘ではありませんが、とても素晴らしい教えだと思いました。慈悲喜捨の心を育て、他人からの不利益な行為に対し寛容になる。一方、他人から受けた恩恵はどんな事でも忘れず感謝の気持ちでいる。怠らないで精進することに努めたいと考えております。有難うございました。
ホーシノヒトリゴト
2008年11月05日 08:35
ワンギーサさん 素晴らしいお説教ありがとうございます。固い固い無知というカサブタが少しずつはがれていくようです。今日の解説で、「怠ることなく、清く生きる人」になれるように努めたいと思います。ありがとうございました。
2008年11月05日 08:39
ワンギーサさん、おはようございます。さて、「初期仏教キーワード」の慢についてですが、「このうち、卑下慢などは一見謙虚な性格のようにも見え、悪くないことのように思えるが、自分の存在を前提にしている時点で顛倒以外の何ものでもなく、不善な心である。」(「初期仏教キーワード」・星飛雄馬著・サンガのP66より)とあるのですが、仏教では「謙虚さ」も重要視しているかと思います。だから、卑下慢と謙虚さをどう区別して間違えないよいのにすればいいのでしょうか?私は一応、慈悲喜捨の心を育てればいいのではないか?とは考えてますが、いかがなものでしょうか?ご指導宜しくお願いいたします。有難うございました。
ワンギーサ
2008年11月05日 18:49
新さん。謙虚という言葉には、増上慢に反対の意味と卑下慢の意味があると思います。だだ、卑下慢と謙虚さをどう区別するかということは、あまり意味のあることではないのです。「卑下慢」は仏教専門用語です。「謙虚」という言葉は日常用語です。例えば法律用語と日常用語を比較するようなものです。同じ言葉でも意味が違います。ダンマパダでは仏教専門用語も使われていますので、定義を知っておいた方が理解しやすかなと思って、『初期仏教キーワード」などを引用していますが、あまり言葉にとらわれないで下さい。
 「慈悲喜捨の心を育てればいいのではないか」ということに関してはその通りですが、「無我の気持ち」「自分を無にする気持ち」ができれば善いのではないかと思います。
2008年11月05日 19:10
ワンギーサさん、大変分かり易いご指導有難うございました。ほっとしました。無我なら他人との比較自体成り立たないですね。ご指摘の通り、あまり「言葉」に引っ掛からずに頑張りたいと思います。有難うございました。
身の丈修行者
2015年02月20日 12:39
ボーナスの時期に大手のボーナス額がニュースで流れると、自分が頂いた金額とのあまりの差に落ち込みそうになる事があります。無知からくる比較をしてしまってますよね。
自分が頂いた金額で感謝しそしてそれをどのように使っていくか、一部でもお布施させて頂くような、そんな姿勢でいたいと思います。

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