一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢

ダンマパダ 370

五つを切れ、五つを捨てよ
五つをさらに養成せよ
五つの執着を超えた比丘は
暴流を渡った人と言われる


○この詩から学ぶこと

 「五つを切れ」の五つは「五下分結」と言われ、1.有身見 2.疑 3.戒禁取 4.欲愛 5.激怒の五つです。(「初期仏教キーワード」150~152ページ参照)

 「五つを捨てよ」の五つは「五上分結」と言われ、6.色貪 7.無色貪 8.慢 9.掉挙 10.無明の五つです。(「初期仏教キーワード」150~153ページ参照)

 「五つをさらに養成せよ」の五つは「五根」と言われ、1.信根 2.精進根 3.念根 4.定根 5.慧根です。(「初期仏教キーワード」143~145ページ参照)

 「五つの執着」は1.貪 2.瞋 3.痴 4.慢 5.見 です。(「初期仏教キーワード」63、65、66ページ参照)

 「暴流を渡った人」とは、暴流は煩悩のこと、渡った人とは煩悩を克服した人のことです。この人は阿羅漢と言われ、完成な悟りを達成し、二度と輪廻することのない人です。

 以上がこの詩の言葉の説明ですが、それをリストアップするだけです。20の言葉の意味は「初期仏教のキーワード」に任せた形になっています。これを見ただけで、仏教は大変で、難しいと思われるかもしれません。確かに仏教は奥の深いもので、難しい面もあります。しかし、修行は一歩一歩です。一歩は難しくはないのです。一歩一歩進めばいいのです。

 上の20の言葉の意味も正確に理解する方がよいのですが、文字だけで意味が分かるわけでもないのです。仏教は実践がなければ、意味がないのです。しかも実践は一遍にすべては出来ません。一歩一歩です。

 上に書いた「五下分結」と「五上分結」に分類される10の煩悩を一つ一つなくし、10の煩悩を克服できれば修行は完成です。この10の煩悩を克服すると阿羅漢になります。

 五根の養成から始めましょう。1.信根 2.精進根 3.念根 4.定根 5.慧根の養成です。

 初めは信根の養成です。仏教の信根は、信仰ではありません。理解する能力です。何を理解するのか? 四聖諦と八正道です。これは何度もこのブログで述べてきたことです。既に仏教を勉強している方や仏教の修行をされている方は、それを確実に実践すればよにのです。また、このブログを読んで、ダンマパダの勉強することも役に立つと思います。

○一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢
 
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年11月09日 07:33
ワンギーサさん、おはようございます。理論と実践、この兼ね合いは大切ですね。四聖諦も奥が深いと思います。「苦」の原因は「渇愛」ですから、渇愛がなくなれば苦しみから解放されます。つまり悟りです。一方、「苦」を完全に発見すれば悟りも近いと言われてます。最初、矛盾してるんじゃないか?と疑問がありましたが、苦諦と集諦は「理論編」、道諦と滅諦はその「実践方法」と理解すると、八正道の実践で「苦」を発見し悟りに向かう。すると疑問が解消されました。この理解に間違いがあればワンギーサさんに是非ご指摘して頂きたいと思います。何ごとも勝手な思い込みは危険ですから。有難うございました。
ワンギーサ
2008年11月09日 16:52
新さん。私はどちらかというと実践を大切にします。理論を言って実践しない人が多いからです。Yse,we cann.
やればできる。理解したことを実践してください。そうすれば、次のステージが現われます。その時、理解して実践するのです。独りの意志が、世界を変えます。それが因果法則です。これからもコメント下さい。
2008年11月09日 18:22
ワンギーサさん、大変心のこもったコメント有難うございました。今後も精進したいと思います。コメントも拙いものがあるでしょうが、どんどんご指摘して頂くと本当に勉強になります。励みになります。有難うございました。
ホーシノヒトリゴト
2008年11月10日 06:41
ワンギーサさん 私は昨日、色貪に溺れ埼玉県の山奥「入川渓谷の紅葉」を観賞に行ってました。気づきの瞑想の実践はほどほどでした。”反省” さて、ワンギーサさんのお説教を「初期仏教キーワード」をめくりながら理解するようにしておりますが、私も知識の理解に偏っています。実践に努めなければまりません。ご指導ほんとうにありがとうございます。
身の丈修行者
2015年02月21日 07:25
何を捨てて何を育てて行けば良いか簡潔・明確で分かり易いです。
それを知識で知っていてもその程度しかなく、どのように修行してそして悟りを開けるかは各自の実践による・・との解釈で宜しいでしょうか。
富士山を何処から昇っても頂上に行きます。登山のヒント情報もあります。それらを把握し実践して、そして自分の力で頂上まで登り切る・・
そんな自分で実践して目標までやりきれるように精進したいです。

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