この人生で重荷下ろして束縛を解放した人彼はバラモン

ダンマパダ 402

この世において自分の
苦の滅尽を知り
重荷をおろし、束縛を解いた人
彼を私はバラモンと呼ぶ


○この詩から学ぶこと

 人生の重荷とは何でしょうか? まだ小さな小学生もかなり重そうなランドセルを背負って、手にも重そうな袋を持っておます。いろいろ勉強させられているのでしょう。実際の荷物の重さの他にも心の重荷を抱えているのでしょう。でもこの頃は楽しい遊びも多いのです。中学生、高校生になると、勉強の悩みの他にも、親との関係、友達との関係での悩み、将来の悩みなど精神的悩みが増えます。これらはすべて人生の重荷なのです。大変な受験勉強を経て、大学生になっても、楽にはなりません。四年生になって、やっと決まった内定が取り消されるという事態も起こります。社会人になれば、学生時代以上に重荷が増えることは書くまでもないでしょう。

 人生の束縛とはなんでしょうか? 子供の頃は、親の期待希望による束縛は大きいのですが、あまり自我が発達してないので、それほど負担に感じないのです。しかし、思春期になると自我が発達して親や学校との期待や規則などとの軋轢が大きくなります。これらは人生の束縛なのです。ですが、大人になるに従って、自分が自分自身に果たしている夢や希望、理想などが自分の束縛になります。また、ダンマパダ345、346番(10月20日のブログに記載)にあるように、財産や家族が束縛なのです。
 http://76263383.at.webry.info/200810/article_20.html

 人生の重荷も束縛も、人間が幸福に生きたい、幸福に生きなければならないという思いから来るのですが、幸福の考え方が間違っているからなのです。幸福とは、良い学校に行き、出世して、お金をもうけ、美味しい食べ物を食べて、立派な家に住むことであると思っているからです。そのために欲望が増大し、また世の中は自分の思うようは行きませんから、自分の思いと反対にますます人生の重荷と束縛を増やし、不幸になるのです。

 不幸の原因は渇愛(欲望)であることを見極め、自分の幸福の考え方を正した人は、人生の重荷を下ろします。また束縛を離れます。人生は楽になり、自由になるのです。その時、自分の苦は滅尽したことを知るのです。そのような人を釈尊はバラモンと呼ぶのです。


○この人生で重荷下ろして束縛を解放した人彼はバラモン


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年12月10日 06:48
ワンギーサさん、おはようございます。自分を見てもまわりを見ても渇愛が不幸の原因のようです。仏教にはさまざまな専門用語がありますが、渇愛をなけせば幸福になる、という言い回しが私には一番分かり易く切実に感じることができます。有難うございました。
ツヨシ
2008年12月10日 07:03
 ワンギーサさん、おはようございます。 
 良い学校より、善い先生が必要ですね。
 教えてくれるのは、先生ですから。
 
ワンギーザ
2008年12月10日 11:04
新さん、ツヨシさん、コメントありがとうございます。
ツヨシさんに、一言、わかっているのかもしれませんが、良い学校と善い先生の「良い」と「善い」を使い分けていますので。このブログでも何度か書きました、善友である善い先生は必要です。良い先生ならば、良い学校と同じ意味になりますよ。
身の丈修行者
2015年03月12日 08:45
遠い昔?になってますが、学生の頃を振り返っても・そして現在も、日々変わって行く状況に「色々あるな」と思わざるを得ない事が普通にあります。
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「世の中は自分の思うようは行きませんから、自分の思いと反対にますます人生の重荷と束縛を増やし、不幸になる・・」を実感致します。
やはり智慧を持って乗り越えていく・超越していく?生き方が必要になるように思います。
精進して参りたいです。

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