粗野でなく分かりやすくて嘘もなく愛語を語る彼はバラモン

ダンマパダ 408

粗野でなく分かりやすくて
真実の言葉を語り
誰も不機嫌にしない人
彼を私はバラモンと呼ぶ


○この詩から学ぶこと

 今日も昨日の話の続きを少ししたいと思います。昔は景気が悪くなったからと言って、すぐ従業員の解雇するということはなかったと思います。(例外はもちろんありました。)企業が非正規社員の採用が認められるようになって、日本の企業で会社は一つの家族だという考え方がなくなってしまいました。以前日本は終身雇用制だったのです。

 家族ならば、家庭の収入が減ったと言って、誰かに家族から抜けてもらうなど考えられません。苦しい時はみんなで一緒に耐え忍ぶのが家族ではないでしょうか。今の企業の理論は「会社が倒産したら元も子もない。」というものです。しかし、それこそ解雇された人々にとって会社が倒産しなくても意味がないのです。

 現代の日本は、すべて企業の論理が優先しています。利益が優先、競争力が優先です。それに以前に「人間として如何にあるべきか」あるいは「道徳」などどうでもよくなっています。でも重視すべきは「すべての人々の幸福」と「道徳」なのではないでしょうか。他の人々の不幸を無視して、自分だけ幸福にはなれないと思います。むしろ他の人々と一緒に苦労することで、生きる充実感を持てたり、幸せを感じたりするのではないでしょうか。

 以上の話は、今回の詩と無関係ではありません。人間の幸福というものは、人間と人間が慈悲の心を持ち合うことで感じられるものです。それを表現すのは言葉です。その言葉のあり方をこの詩では、「粗野でなく」「分かりやすく」「真実の言葉を語り」「誰も不機嫌にしない」という四つの言葉で教えています。

 「粗野でなく」は乱暴な言葉を使わないことです。乱暴な言葉を使うとそれに反応して相手も乱暴な言葉を使うようになります。それによりお互いの気持ちがいらだつのです。これではお互いに幸せにはなれません。

 「分かりやすく」はかなり難しいことです。自分がよく理解していないと「分かりやすく」話せないのです。ですから、よく勉強することも必要なのです。これは相手にも自分にもよいことです。分かりやすく話すことで、お互いがよく理解ができるようになります。人間が理解し合えるということも本当に幸せなことです。

 「真実の言葉を語り」は嘘をつかないということもありますが、ブッダの言葉を語ることでもあります。嘘をつかないということは相手の人間性を尊重することです。大切な人には嘘はつけないのです。
また、ブッダの言葉を伝えることは、私は人間の最高の使命だと考えています。もしそれにより相手の人が悟ることができたら、その人が最高の幸せを得るきっかけをプレゼントしたことになるからです。またそれは自分の最高の満足になると思うのです。

 「誰も不機嫌にしない」話し方をする人は、どんな人にも慈しみの心を持っている人なのです。愛語(慈悲のある言葉)を話すことです。そのような話し方ができる人は自分の感情をコントロールできる人なのです。

 このような話し方ができる人は、八正道の正語を完全に実践できる人なのです。八正道のどの一つの項目も、それを完全に実践するためには、他の項目も完全実践できなけれできません。ですから正語の完成者は、八正道の完成者です。釈尊は彼をバラモンと呼ぶのです。

○粗野でなく分かりやすくて嘘もなく愛語を語る彼はバラモン

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

ツヨシ
2008年12月16日 05:28
 ワンギーサさん、おはようございます。
 乱暴な言葉で、言われても、丁寧な言葉で返すと、不機嫌が治まりますね。
 
2008年12月16日 06:26
ワンギーサさん、ツヨシさん、おはようございます。八正道の正語はかなり難しいと思います。粗暴・乱暴な言葉と言っても人によって感じ方が違います。フーテンの寅さんの口調は江戸弁ですが、乱暴には感じられません。むしろ乱暴な言葉に優しさを感じたりします。乱暴な愛語とでも言えましょうか。フィクションだからそうなのではありません。浅草あたりの下町では今はどうか分かりませんが、飲食店などで初対面の人に乱暴な?江戸弁で話しかけられたことがありますが、むしろ親しみを感じました。要は気持ちの問題だと思います。ただ丁寧に話していれば心中が怒りでもリスクを減らせるということでしょうか。丁寧な東京弁も大阪人にはきつく感じられるそうなのでやはり気持ちが大切でしょう。分かり易くについても同様で、男性、女性によって受けとめ方がかなり違います。結局「慈しみ」をもって相手に接し、+勉強もして表現方法を工夫するということだとは思ってます。有難うございました。
ryusso
2008年12月16日 13:58
この偈からスマナサーラ先生が連想されますね
身の丈修行者
2015年03月14日 07:55
身近に経営をしている資産家がいます。プライドがとっても高い印象を感じています。
自分の味方・・になるように自宅に呼んで食事を接待するような事もあれば、簡単にその方をクビにしたりします。猫の目のような態度の変化に・・を思う時もあります。
資本主義ですので・・とも思う反面、格差が広がって行く今の状況を考えてしまう時もあります。
ですが、僕は仏教徒として心明るく・慈しみで生きたいと思います。収入は生活が出来ればOKと思っています。
嘘を言わず愛語で・・も実践して参りたいです。

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