愚者たちは放逸であるが智慧の人宝のように不放逸守る

ダンマパダ 26,27

智慧のない愚かな人々は
放逸にふける
しかし、賢者は不放逸を
最高の財産のように守る

放逸にふけるな
愛欲と歓楽に親しむな
不放逸によって瞑想者たちは
大いなる安楽を得る



○この詩から学ぶこと

 「不放逸」とは「正念を続けること」です。正念とは、身体、感覚、心、自分の内側と外側の法則について、よく観察すること、その際、熱心に、正しく知って、しっかり気づいて、貪欲と心の苦しみを捨てることです。これは正しく感じていることであり、これは正しく生きるということです。

 智慧のない愚かな人々は、放逸にふけっているので、正念を実践していません。これらの人々は正しく感じてないのであり、正しき生きていないのです。

 一方、賢者は「正しく生きていること」を生命にとって最高の財産のように守ります。ですから、「正念」を実践して、正しく感じて、正しき生きるのです。

 なぜ愚か者は放逸にふけるのでしょうか? 愚か者の行為の原動力は「好き」か「嫌い」か「無関心」です。「好き」か「嫌い」か「無関心」による主観的、感情的判断は正しく感じる、正しく知るという「不放逸」あるいは「正念」とは異なる行為なので、愚か者の行為は放逸になるのです。

 それでは不放逸は、「好き」か「嫌い」か「無関心」による判断でない、主観的でない理性でできるかと言えばできないのです。特別な努力や注意力が必要なのです。それは初めに書きました正念の定義ように、思考しない、観察による気づきを続けることが必要なのです。別の言い方をすれば、不放逸な心は放逸をやめる努力で養成できるのです。分かりにくい言い方になりましたが、要するにヴィパッサナー瞑想を実践をすることです。

 「不放逸」すなわち「正念を続けること」は八正道の他の項目を牽引することができます。ですから、不放逸によって、八正道すべての完成に導くことができます。そのため、不放逸によって瞑想者たちは、大いなる安楽すなわち涅槃に達することができるのです。

○愚者たちは放逸であり智慧の人宝のように不放逸守る
○欲楽と放逸やめて瞑想者不放逸により涅槃にいたる

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

ワンギーサ
2009年01月13日 04:31
新さん、おはようございます。本日の解説で昨日の質問に少し答えています。また比喩はあくまでも比喩ですから、実際の事柄と異なるのは当たり前です。また、言葉の意味の理解の仕方は私と新さんとはどうしてもずれるのです。ですから、あまり言葉にこだわると、結果として自分が正しいとしてしまいます。そして、怒りがあらわれます。それは警戒すべきことです。
2009年01月13日 04:39
ワンギーサさん、おはようございます。「放逸」を止める努力、すなわち思考しないことが「不放逸」ということですね。なるほど!以前、ウィセッタ・セヤドーが「冥想すれば八正道の全てである」と仰ってましたが、八正道の他を牽引するわけですね。今日はわかりやすく、これで前日の疑問が晴れました。有難うございました。
2009年01月13日 05:07
ワンギーサさん、おはようございます。自分のコメントを書いていたら、ワンギーサさんのコメントが入ってました。確かに人それぞれ「言葉」のニュアンスが違うと思います。どこいら辺で「言葉」から距離を置くか?の線引きが難しいですね。例えば、徹底的に違いをわかった方がいい場合もあるし、逆にダメな場合もある。前者は違いが分かることによって、より客観的に観られる場合です。後者はワンギーサさんの仰っるように「自分が正しい」から怒りが生じる場合です。あくまで私の考えですが、「真理は何だろう?ホントのことを知りたい。自分の勘違いや思い込みはないだろうか?」という意思が強い場合は言葉のやりとりはどうあれ前者になるかと思います。しかし「相手の矛盾を指摘してやろう。論争しよう。」という意思が働くと後者になるかと思います。議論と論争とは違うと思うのです。真の議論とはお互いの見えなかった問題点をやりとりの中から見いだし、よりよいものへ向かうことだと思います。難しいですが。論争は勝ち負けの世界ですね。有難うございました。
高橋優太
2009年01月13日 18:40
ワンギーサ先生、新さん、こんばんわ。
最近、スマナサーラ長老の「ダンマパダ講義、心①」を購入させていただき、聞いています。スマナサーラ長老のお話を聴くだけでなく、瞑想に活かせるよう頑張ります。ありがとうございました。生きとし生けるものが幸せでありますように!
身の丈修行者
2015年03月23日 07:56
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「「不放逸」・・は八正道の他の項目を牽引することができます・・八正道すべての完成に導くことができます・・」とても励みになります。
八正道ちゃんと出来ているか・・と思うと冷汗?我でますが、まずは不放逸を実践して参りたいです。

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