この身体心が離れ横たわる役にたたない枯れ木のように

ダンマパダ 41

ああ、心(認識)が離れたら
この身体はまもなく
大地の上に横たわるだろう
捨てられた用途のない木片のように



○この詩から学ぶこと

 今日は昨日紹介しました書籍「ブッダはなぜ心を重視するのか」(サンガ)からスマナサーラ長老のこの詩に対する解説をそのまま引用したいと思います。良い解説を皆様に御紹介することも大切だと思います。

 以下スマナサーラ長老の解説です。

 「だから『肉体はなんの価値もないのだ』とお釈迦さまはおっしゃいます。
 肉体は、消費期限がとても短いものです。ですから、認識作用がなくなったら、すぐに捨てられてしまいます。
 体のために生きることは、最終的に何も得られない、損だけの生き方になります。しかし、世の中の生き方は、体のために生きることです。世の中の人々は、魂のために生きる意志はないのです。それは、肉体が永遠不滅だと考えているからです。
 しかし、仏教でいう心が瞬間瞬間で変わる集合体だからこそ、心がすごく強い力だからこそ、心を育てなければいけないのです。 
 そこに魂の概念を持ってくると、そこに道徳も宗教も、すべて終わってしまいます。彼らは、宗教が語るべき心の問題を語っていないのに、それが宗教だと思っています。しかし、『魂は永遠なり』と言った時点で、自分たちが宗教を否定しているのです。
 ですから、どんなにこの体のためにビルをつっくたり、いろいろなことをしたり、戦争までして生きていても、結局は何も得られません。」

 以上ですが、一つ付け加えれば、「心(認識)が離れたら」は生命が死ぬ状況を述べているのです。生命が死ぬと、肉体から認識作用がなくなります。認識作用のない肉体は単なる物体です。1月20日に述べたように、肉体はニュートンの法則に逆らって立っていることはできなくなります。そのため、「大地の上に横たわるだろう」ということになるのです。 よって私たちが守るべきものは、肉体ではなく心なのです。

○この身体心が離れ横たわる役にたたない枯れ木のように

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 

この記事へのコメント

2009年01月27日 04:53
ワンギーサさん、おはようございます。スマナサーラ長老の本はまだ書店にありませんでした。肉体が永遠不滅であるはずがないと思うのなら、この詩に全く違和感がない、ということになるかと思います。しかし実際には親族の遺体に価値を見い出して火葬されると落ち込んだり、自分の肉体が土に戻る事実を「心」が拒否して、絶対壊れない「魂」を妄想するのでしょう。そして「魂」を信じることは「心」の成長の完全否定です。『心が無常』だから成長するのですが『無常でない魂』などは成長がなく、それを信仰する宗教は「人間の尊厳や自由」を奪っています。仏教は『心の科学』ですから、迷信的な宗教や信仰から人々を解放させてあげれば、世の中に平和と幸福が訪れるでしょう。有難うございました。
2009年01月27日 05:11
ワンギーサさん、24日の記事に林田明大先生から再コメントがありました。
2009年01月27日 06:37
 おはようございます。
 目があるから、文字を読むことができる。手があるから、コメントを書ける。
 少し肌が荒れている。ちょっと痒い。腰が痛い。などは、我慢していいと思います。
林田明大
2009年01月27日 22:30
 「それは、肉体が永遠不滅だと考えているからです」とありましたが、この一行がよくわかりません。肉体ではなく、魂ということでしょうか?
 私は、厳密には、良知、心、肉体という3言論を支持しています。これは、R・シュタイナーと同じです。
「心の奥の良知」
 ということです。
 心の中の思いには、私欲も含まれるので、心という表現には、限界を感じます。
 もちろん、ケース・バイ・ケース、仏教で言う方便も使いますので、陽明やシュタイナー同様、私自身、心と良知をひっくるめて「心」という場合もあるのですが。
ワンギーサ
2009年01月27日 23:40
林田明大先生、コメントありがとうございます。
 「それは、肉体が永遠不滅だと考えているからです」はこの詩の解説の一部ですが、引用書籍の一部であるため、魂などが話題になっています。肉体と言っているのは皮肉なのです。人々は人間が死ぬとは知っていても、自分が死ぬとは思っていないということです。
 後半の問題については、仏教を理論的に整理したアビダルマというものがありますが、いわゆる心を、心と心所に分類しています。心所は心に含まれる要素です。良知は私の考えでは慧根(智慧)と言われる心所と思います。非常に大切な心所でこれ一つで独立しています。私欲は不善心所(14種類あります)の一つだと思います。
身の丈修行者
2015年03月28日 05:47
体はある程度健康でいられたら良い・・と思います。ですが健康に執着してしまうと本筋を外れそうです。
心を成長させるべきだと思います。
現在色々な欲望を満たす事・・の流れの方が多いように思いますが、私はこちらで学び心を成長させたいと決めています。
日々その時を大切にして不放逸の実践をして参りたいです。

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