他の人の過ちでなく自らが行ったことを観察すべき

ダンマパダ 50

他の人々の過ちでなく
為したこと為さなかったでなく
自らが為したこと為さなかったことを
観察すべきです


○この詩から学ぶこと

 この詩はダンマパダの423の詩の中でも私は一番多く思い出して自分自身をいさめているものです。また、私だけではなく、私は僧侶ですからいろいろの方の相談ごとに応じる機会がありますが、その際、釈尊の言葉として、この詩を引用してお話しすると多くの方が納得していただける場合が多いのです。

 その理由を説明する前に、釈尊はなぜ「他人の行為を観察するのではなく、自分の行為を観察すべき」と仰ったのでしょうか?考えましょう。

 社会生活を営んでいる私たちのトラブル、悩み、苦しみは人間関係で起こるものは多いのです。その際、私たちは人間関係のトラブルの原因を相手にあると見るのが一般的です。自分は正しいという立場を取っていますから。自分に原因があると思える場合でも、それは止むをえなかったと内心思ってしまうのです。

 しかし、釈尊は常にすべての生命の幸福のために、自分にも他人にも平等に問題を解決する道を教えています。たとえば、二人の人がトラブルを起こしました。そのトラブルの原因を、二人の人がそれぞれ相手に問題があると考えた場合、その考え方は正しい結論を得ることができるでしょうか。それぞれ人は主観的な考え方をします。しかも、相手の誤りや行ったこと、行わなかったことに対する判断は、相手のことですから主観的な判断しかできないのです。

 一方、自分自身の行為を観察すべきという態度であれば、そうでなければ発見できない自分の内心の問題点まで観察することができます。たとえ相手に大きな問題があったとしても自分の問題点が発見できれば、相手の過失を責めるだけで解決できなかった問題の解決の糸口はつかめるのです。それ以上に自分の問題の改善により自分自身が成長できるのです。ですから、釈尊は他人の行為でなく、自分の行為を観察しなさいと教えているのです。

 この詩はトラブルの当事者同士の問題以外の問題の回答でもあります。私たちは自分に直接関係のない人々に対してもいろいろ判断して、批判したがるものです。そして、直接関係がないのに自分の価値観と違うとケチをつけたり、頼まれもいないのに教えたがるのです。上で説明したように当事者同士の場合でも、他人の行為でなく、自分の行為を観察すべきですから、関係ない第三者の場合であれば、なおのこと無関与の態度を取ったほうが善いのです。それよりは自分自身を観察して自分を改善すべきなのです。

 では、初めに書いたことの理由を述べましょう。私たちの悩んでいることのなかに、他人の言動が原因の場合が多いのです。しかもその言動を変えようと思っているのです。他人は親、兄弟、子供、夫や妻です。釈尊のこの詩を知って、またその意味をよく理解できれば、親、兄弟、子供、夫や妻のことは彼らに任せて、自分の問題を観察すべきことが分かれば、これまでの胸のつかえがとれて、問題が解決してしまうのです。

○他の人の過ちでなく自らが行ったことを観察すべき

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年02月02日 06:05
 おはようございます。
 自らを観察してみます。
2009年02月02日 07:12
ワンギーサさん、ツヨシさん、おはようございます。ダンマパダの5番目の詩とならんで、常に肝に銘じなければならないと感じてます。自分の悪い床屋や性格を治す教えだから、仏教には可能性があるのし真に明るい教えなんだと思います。他人は基本的に治せません。「エゴ」の克服。仏教の原点に繋ります。有難うございました。
2009年02月02日 07:15
床屋ではなくところです。
高橋優太
2009年02月02日 09:37
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。
僕の性格なんでしょうが、テレビを見れば犯罪者、政治家が悪い悪いと言い、本を見ればここはおかしいと文句を言い、そのくせ自分のことはまったく棚に上げていました。今まで批判した人に申し訳ないです。ごめんなさい。今日の詩は僕の悪いところを戒める最高の詩だと感じました。人のことは批判せず、自分自身が今何をしているのか、観察するよう努めてみます。ありがとうございました。生きとし生けるものが幸せでありますように!
2009年02月02日 11:31
ワンギーサさん、ツヨシさん、高橋優太さん、おはようございます。高橋さんのコメントを見て思い出したことがあります。今日の詩とスマナサーラ長老著『心がスーッとなるブッダの言葉』のことです。この本で復習(自分なりに問題を考えてみる)しているのですが、第六夜は全く違ってました。「失敗を他人のせいにしない」というタイトルで秋葉原の事件に言及されての説明があります。しかし、ガツンとやられてしまいました。前半部分の記述で犯人が悪いと思ってしまった私を最後には「そういうアンタも実は同類だよ」というおちでもっていくのです。この論理展開は実に見事というか、ユーモアの中に貴重な真理を教えられました。今日の詩の理解もより深くなりました。有難うございました。
身の丈修行者
2015年03月30日 07:12
職場で仕事を同僚に押し付けてサボる・・人がいます。
仕切り屋さんで自分に諸々情報の報告がないと怒りだします。
その人の言動に怒ってしまい発火して、職場を去った方もいます。
その人がドウコウ・・と目を向けてしまうと心がやりきれず潰れかねないと思います。
ですが、そんな中で自分がどうすべきか「仕事をしにきているので働かない方を気にするのではなく自分のやるべき事を地道にこなしていく・・」の姿勢で乗り切って?います。
今後も自分が行った事を観察して参りたいです。

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