人として生まれて死ぬべきならば多くの善いことしようではないか

ダンマパダ 53

山積みの花から
多くの花輪を作るように
人として生まれて死ぬべきならば
多くの善ことしようではないか


○この詩から学ぶこと

 今回の詩は1月30日にダンマパダ47番、48番の詩に関連して掲載しましたが、本日再掲します。そして解説を追加したいと思います。それは、「善いこととは何か?」を明確にしておきたいということです。現代社会では「何が善いことか」分からない人が多くいるからです。特に内外の政治家は何が善いことか分からない人が多いようです。

 善いことはたくさんあります。1.道徳を守ること、2.心を育てること、3.智慧を開発することです。これらは自分のためにもなりますし、親しい人々のためにもなりますし、すべての生命のためになりです。分かりやすいように、具体的に列挙しましょう。

1.道徳を守ること
  悪いことをしないことが善いことをすることです。
①生き物を殺さないこと
②盗みをしないこと
③よこしまな行為をしないこと
④嘘を言わないこと
⑤噂話しをしないこと
⑥無駄話しをしないこと
⑦悪口を言わないこと
⑧心で勝ってに妄想する怒りをしないこと
⑨心で勝ってに妄想する欲を持たないこと
⑩間違った意見を持たないこと

 スマナサーラ長老の著書「的中する生き方」(サンガ新書)より引用しました。この本は最近出版されましたが、道徳について詳しく、分かりやすく書かれていますから、是非皆さんお読みください。

2.心を育てること。
  具体的には慈悲の瞑想することが最善の方法です。
  慈悲の瞑想は万能です。この瞑想はどんな困ったことも解決できる力があります。いろいろ事情があって善いことなどできないという方も、これだけはやってみて下さい。私の毎日のブログの最後に赤字で書いてある3行の言葉は慈悲の瞑想の一部です。詳しくは日本テーラワーダ仏教協会のホームページの「慈悲の瞑想」の全文とやり方をお読みください。
http://www.j-theravada.net/3-jihi.html

3.智慧を開発すること
 これはヴィパッサナー瞑想を実践することが近道です。これも日本テーラワーダ仏教協会のホームページの「ヴィパッサナー瞑想」のやり方をお読みください。
http://www.j-theravada.net/4-vipassa.html

 以上、釈尊の教えから、いくつかの「善いこと」を列挙しましたが、多すぎるという方は、どれか一つでも、実践してみて下さい。これらの善いことはすべて繋がっています。なぜならば、善いことをやろうとする意志から始まるからです。その意志がどれか一つでも実践することで強くなるのです。強まった意志で次の課題に挑戦すれば、次の課題を克服する時に大きな力になります。このようにしてあなたはすべての課題を克服できるでしょう。先ず一つから初めて下さい。

○人として生まれて死ぬべきならば多くの善いことしようではないか

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年02月04日 05:11
ワンギーサさん、おはようございます。現在スマナサーラ長老著『的中する生き方』を精読しております。「道徳」理解ならこれだ!と思うとてもいい本で、2回目の精読に入りました。本のまえがきにある「われわれが夢みている理想的な生き方をあっという間に実現するための最短の方法は「道徳」なのです。」という大胆?な台詞に納得せざるを得ないし、それ以上に「道徳」の理解がより明確になり「意欲」が相当高まりました!同じ実践でも深く鋭く『内容を理解した上』での実践は優柔不断ではありません。又そこがいいのです。「少しいい加減なのが人間的なんだ」という逃げ道を無意識的に探している自分がいます。矛盾もいい所ですが、これが「無知」の「無知」たる所以です。そして「道徳」を完璧に(自分にとって)守りながら、それによってあぶり出される「無知」の克服のために、更に勉強や冥想するという、とてもいいサイクルで進んでいきます。しばらく「道徳」完成の努力をしてみます。有難うございました。
2009年02月04日 06:32
おはようございます。
妄想をやめます。
観察をします。
高橋優太
2009年02月04日 06:55
ワンギーサ先生、新さん、ツヨシさん、おはようございます。
道徳を守ることの⑩「間違った意見を持たないこと」
は具体的にどのような意見でしょうか?教えてください。

今日はスマナサーラ長老の「ヴィッパサナー実践&慈悲の瞑想」を見ていろいろ復習して、とくに慈悲の瞑想を頑張ります。
ワンギーサ先生、今日もありがとうございました。生きとし生けるものが幸せでありますように。
ワンギーサ
2009年02月04日 07:21
新さん、ツヨシさん、高橋優太さん、おはようございます。
高橋優太さんへ。
⑩間違った意見を持たないこと=邪見を持たないこと。邪見とは証拠の無い意見です。
詳しくは、新さんのコメントにあります、スマナサーラ長老の「的中する生き方」の114ページをお読みください。
高橋優太
2009年02月04日 10:14
ワンギーサ先生、ご回答ありがとうございます。「的中する生き方」を買わせていただきます。ありがとうございました。
やろい
2009年02月04日 22:54
>生き物を殺さないこと<
そうありたいですね。
哀しいかな・・・人間はものの「いのち」をいただいて
私のいのちを生かさせていただいています。
だから、お食事の前には、いただきます。・・・と
ものにいのちに合掌します。
何一つとして末通ることは、私に出来そうもありません。
私は、そのままで良いとありのままで救われる、教えに遇えて^有り難いと思っています。
2009年02月05日 02:51
ワンギーサさん、今晩は。『的中する生き方』を読むと色々考えさせられます。「道徳とはあくまで自分個人が守ること。」ということを痛感しました。十悪に関しては、「政治家はウソばかりついている。芸能人は不倫している。漁師さんは殺生している。…」などなど考えても道徳的に意味がありません。これは先のダンマパダ50の教え『他人の過ちでなく、自ら行ったことを観察すべき』に通じます。「道徳」とは「自分自身」が守るもので、他人の行為をとやかく言うものでない。という理解が深まりました。有難うございました。
身の丈修行者
2015年03月31日 07:52
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「1.道徳を守ること、2.心を育てること、3.智慧を開発すること」とても分かり易いです。
折角人間に生まれましたので、この3つが出来るように人生全てを投入したいと思います。
限られた時間・資金を何処に使ったら良いか、お陰様で明確認出来ています。
精進して参ります。

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