花の香は山を越えぬが道徳の香りは越えて神にも香る

ダンマパダ 56

このタガラや栴檀の
香りはわずかだが
道徳を守る人の香りは
神々まで香り、最高だ


○この詩から学ぶこと

 昨日、花の香りは風下のある方向だけ香るが、道徳の香りは風に無関係に全方向に香るという詩を掲載しました。しかし、道徳の香りは地上の全方向に香るだけでなく、次元の異なる世界、神々の世界まで香ることが述べられています。

 このことは、見方を変えると、道徳の香り=道徳の影響力=道徳の結果は、死後の世界にも及ぶということです。

 道徳の結果(業)は現世でも来世にも及ぶことについて、今年の1月18日のダンマパダ15番から18番の詩で述べられています。
http://76263383.at.webry.info/200901/article_8.html

 生命の運命を左右する心の法則を業といいますが、「業」を理解するのは難しいので初めは釈尊の教えを学び、納得できることを受け入れればいいと思います。反対する根拠がないのに反発すると正しく学べません。分からないことは分からないとして保留しておくことです。

 私たちは、死ぬとすべてのものを捨てます。肉体も知識も家族も財産も、しかし唯一残るものがあります。それが業なのです。釈尊は業について次のように教えています。「私は業により構成され、業を相続し、業により生まれ、業を親族にして、業に依存して生きているものです。何か悪行為か善行為をしたならば、それを私は相続しなくてはならないと常に観察すべきである。」このことを日常生活の自分の行為とその結果を観察しながら、確認してみてください。

 道徳の話から業の話になりましたが、道徳を実践することは悪業を作らずに、善業を作ることなのです。実はそれがわれわれの真実の財産なのです。あとはすべてなくなってしまうものなのです。

○花の香は山を越えぬが道徳の香りは越えて神にも香る

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 

この記事へのコメント

2009年02月06日 04:30
 おはようございます。
 
2009年02月06日 04:39
 行為と結果を観察します。

「電源にコードが、届きません。」と、言われます。
「電源の近くに行くと、コードが届きますよ。」と、言います。
 友人は、電源の近くに行きます。
 コードが届きます。
2009年02月06日 05:12
ワンギーサさん、おはようございます。「業」は「輪廻」とならんで、難解なので保留課題です。最近までピンシャンしていたのに、長年の不摂生がたたって急に手遅れの病におかされた。という比喩なら原理的に理解は可能です。また、ものごとには「必ず原因がある。」という法則からも論理的に導かれます。平穏無事な生活が続いている。しかし、その直前、あるいは遠くない過去に「善行為」をしてない場合、その平穏無事な生活をもたらした「原因」となる何らかの存在(善行為の蓄積エネルギー)を認めざるを得ないではないか。ということです。さらに、この人生で蓄積された「善行為・悪行為」の蓄積エネルギーが必ず「結果」を出すのなら、「輪廻」というのも必然となります。簡単すぎますが、決して「信仰」ではありません。何故なら「業や輪廻」に懐疑的だったし、今でも懐疑的だからです。あくまで『科学的』に証明すべきです。何故なら仏教は信仰宗教ではなく『心の科学』だからです。有難うございました。
高橋優太
2009年02月06日 06:44
ワンギーサ先生、ツヨシさん、新さん、おはようございます。悪業をつくらないよう、慈悲の冥想を頑張りたいです。ありがとうございました。生きとし生けるものが幸せでありますように。
あっきん
2009年02月06日 07:54
おはようございます。 私的道徳として、自分がされて嫌なことは人にしない事。すぐに良し悪しが分かります。1月オリンピックセンターでパターンを作るという法話がありましたが、問題があった場合、原因を分析して改善する。これは人にも当てはまることで、自己改善すれば、役に立つ人間になりますね。
 文句を相手に言うのでなく、自分が動かないとね。
2009年02月06日 10:12
ワンギーサさん、ツヨシさん、高橋優太さん、あっきんさん、おはようございます。論理的にはそうなるのだが、科学的には「懐疑的」という「理由」を述べてませんでした。真理は論理的だが、論理的なら「真理」とは限らないからです。まず、「心」が空間の次元を持たない認識機能なら、何故私たちは遠い過去、1万年前のことを思い出せないのでしょうか。実際には過去世を思い出す人もいるようですが、データとしては少なすぎます。更に、それが本当に「輪廻の存在」証明のデータなのか?という疑問もあります。確かに、「輪廻」の概念を使えば、前世を再現するような現象は説明出きます。しかし説明出きるとはまだ「仮説」の段階なので、他の理由でそのような現象が起こり得ない。ということも証明する必要があります。それ以上に「仮説」は実験により証明されなければ、と思います。まあ、こんなややっこしいことより、ウソをつく、不法な性行為を行う、盗む。など、すぐ「悪因悪果」だと分かります。そういうことをコツコツ実践するのが仏道なのだと思います。有難うございました。
身の丈修行者
2015年03月31日 08:06
以前自己啓発系で、心を明るくする事・クリアにする事は大切です。次に輪廻転する先はその心に合った先になります。と学びました。響きましたが根拠が分かりませんでした。
こちらで因果法則を学び、納得しました。
道徳を守る事、そして心を成長させる事は一番にした方が良いとても大切な事ですね。
精進して参りたいです。

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