儀礼では功徳はないぞ聖者を敬い正道学べ

ダンマパダ 106、107、108

人が毎月千回
百年間まつるより
たとえ瞬間でも
一人の己を修めた者に
供養する方が
百年まつるよりすぐれている (106)

人が森で百年間
火神に奉仕するより
たとえ瞬間でも
一人の己を修めた者に
供養する方が
百年まつるよりすぐれている (107)

供養されたものが何であれ
福徳を望み一年献上しても
そのすべての四分の一にもならぬ
正道の人を礼拝する方がすぐれている (108)


○この詩から学ぶこと

 なぜ人々は儀式・儀礼を行うのでしょうか? 功徳を期待しているからです。では功徳に何を期待しているのでしょうか? 幸福になりたいからです。では儀式・儀礼で幸福になるのでしょうか?

 今年の一月一日にダンマパダ1番、2番を掲載しました。http://76263383.at.webry.info/200901/article_1.html

 その中で、述べられていますが、心が清らかであれば、幸福になるのです。それでは、儀式・儀礼で心が清らかになるでしょうか。釈尊の時代のインドの宗教では、功徳を求めて、動物を殺して神々に生け贄にして献上する儀式を行っていました。生命殺す時は、心に怒りが現れるのです。心を清らかにするのではなく、怒りで心を汚すのです。また、そのようなことも知らず、形式だけを重んじる無知で心を汚しているのです。今でも、同じような形式主義の儀式・儀礼を重んじる宗教はたくさんあります。彼らは決して幸福にはなれないのです。

 では、「己を修めた者」「正道の人」(八正道を修めた人)は、心を清らかした人なのです。彼を供養したり、礼拝することは、その人の生き方を学ぶことです。またその人は供養、礼拝する人に、心を清らかにする道を教えてくれるでしょう。そすれば、供養、礼拝する人々の心は清らかになります。そして幸福になるのです。

 儀礼・儀式は千回行なおうとも、益のない、無意味な、ガラクタです。それに対し、心を清らかにすることは、唯一大切な行為なのです。

 106番に関しては、スマナサーラ長老の法話が日本テーラワーダ仏教協会のホームページにあります。http://www.j-theravada.net/howa/howa39.html

○儀礼では功徳はないぞ聖者を敬い正道学べ

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 

この記事へのコメント

2009年03月18日 05:00
 おはようございます。
「交通安全のお守りを買ってあげましょう。」父。「お守りは要りません。安全運転を心がけます。」僕。買いませんでした。穏やかです。
2009年03月18日 06:35
ワンギーサさん、ツヨシさん、おはようございます。何故か、儀式・儀礼については子供のころから無意味なのではないか?と思ってました。単にへそ曲がりだった可能性が高いのですが(笑)。今でも儀式めいたものは苦手です。有難うございました。
高橋優太
2009年03月18日 08:27
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。家庭教師の先生がゴーダミー精舎に行きました。だから長老の法話のDVDを一本、買ってきてもらうよう頼みました。昨日そのDVDをもらいました。家庭教師の先生は、
「ゴーダミー精舎はよかったです。」と言っていました。「今度、いっしょに行きましょう。いつにしますか?」と僕は言いました。近況報告です。ありがとうございました。生きとし生けるものが幸せでありますように。
まお
2009年03月18日 10:33
 ワンギーサ様、ツヨシさん、新さん、高橋優太さん、おはようございます。
 私は最近は、アラナ精舎日記を読んで「ある人が偽物のパコダを作ってブッダの徳を想いうかべ礼拝したら、一回も悪いところへ生まれ変わらずに後に現われたブッダのもとで修行して阿羅漢になった」という話を知り、毎日(仏像もパコダもないので)「ブッダの実践心理学」を並べて、礼拝、三帰依、五戒、懺悔誓願、ブッダの九徳、慈悲の瞑想(その他順次増やそうと計画中)を唱え礼拝することを日課にしようと思って実践中です。ハンコ石で偽物のインドのサンチ―第1塔に似せたミニパコダを作ろうと計画しています。
 慈悲の瞑想では心臓のあたりがすーっとして爽やかになり、その他の方法では頭がすーっとして爽やかになり、どちらも心が安定するということを発見しました。
 今日もこれからその日課をしようと思います。
まお
2009年03月18日 10:35
 なぜ「ブッダの実践心理学」を礼拝するのかというと、表紙に仏像の写真が写っているからです。
まお
2009年03月18日 21:06
 訂正します。インドのサンチ―第一塔は偽物ではありません。

 今まで仏教に避難して悩み苦しみから逃げてきたけど、これからはその悩み苦しみを乗り越えるように、苦しみに向き合って努力していかなければならないなと思いました。これからも精進するよう努力していこうと思います。

私の悩み苦しみがなくなりますように。
ワンギーサ様と皆様の悩み苦しみがなくなりますように。
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように。

ありがとうございました!
身の丈修行者
2015年04月18日 07:06
従兄の祖母の葬式に参加させて頂きました時、黄色の衣を来た御坊様が一人、黒い衣の御坊様が二人いました。黄色の衣の方は徳が高く、そしてお値段もお高いと伺いました。何か?に思う機会でした。
心清らかに葬祭司をして下されば(衣の色はどうでも)通じるのではと思います。
正道を学び、心を成長させて参りたいです。

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