空中も海水中も山中も悪業からは逃げられないよ

ダンマパダ 127


空中や、海中や
山の洞窟に入ろうとも
悪業から逃れる場所は
世界のどこにもない

 

○この詩から学ぶこと


 今回の詩は、悪業について述べたものです。業は心に蓄積された潜在的なエネルギーと言っていいものですから、心を捨てない限り、生命が生きている限りどこまでも付いてくるものなのです。逃げることができないものです。人間が逃げたいと思うものは、悪業ですが、善業も業ですから、生命にどこでも付いてきます。業からは逃げられないものですから、覚悟を決めて、悪いことはしないように、善いことをするように精進した方がいいのです。



 この詩に関するスマナサーラ長老の法話が日本テーラワーダ仏教協会のホームページにあります。面白いこの詩の因縁物語が書かれていますので、是非お読み下さい。
http://www.j-theravada.net/howa/howa52.html


○空中も海水中も山中も悪業からは逃げられないよ


~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

ツヨシ
2009年03月30日 04:45
おはようございます。
お風呂にクモが居ました。シャワーを浴びます。クモに水がかかります。流されるかも。不安。助けよう。触ると、怖がるだろうな。放っておきます。クモは動いています。流されていません。穏やかです。風呂を出ます。
2009年03月30日 05:52
ワンギーサさん、ツヨシさん、おはようございます。業の話からはズレますが、実際今こうして生きる自分の行為(意識的なもの)は過去の経験をもとになされているようです。経験からは逃げられない。未来を考える時も、それは経験的なことから推測します。単純に悪い経験しかなければ、悪いことばかりを考える。ということになるかと思います。トラウマというのがその典型例です。ここで問題なのは、同じような境遇にあってもそれに対して落ち込まない人がいることです。昨年癌を告知された人を知ってますが不思議なほど元気で、「癌になったんだからジタバタしてもしょうがねえや」とアッケラカンと話してました。勿論、その他のことには案外怒りっぽいので、明るい人とは判断出来ませんが、私はどんな境遇にあっても、怒らない、嫉妬しない、後悔しない、落ち込まない、ような真に明るく強い心を育てたいです。そうすれば、仮に来世がなかろうが、今世が既にとても幸せのはずですから。有難うございました。
まお
2009年03月30日 06:57
 ワンギーサ様、ツヨシさん、新さん、おはようございます。
 悪業を受けると不幸になるということがわかりました。不幸は以前為した悪行為の結果です。業からは逃げられないので私も悪行為をしないようにして善行為をするように精進しようと思います。
高橋優太
2009年03月30日 07:29
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。
嫌なことがあっても、それは過去の結果でどうしようもない。それを言い訳にやる気をなくしても、より不幸になるだけだと思いました。生きていれば不幸に思うことも、幸福を感じることもあるけれど、そんなことでいちいち喜んだり、苦しんだりしてもしょうがないのかな?と思いました。生きとし生けるものが幸せでありますように。
あっきん
2009年03月30日 07:59
 おはようございます。
人は、時に残酷な事をしているのに気がつかない。
協会のメンバーから、ゴキブリを殺してもカルマの結果を受けると聞いた事がある。殺そうと思う殺意が悪、不意に潰してしまった場合そうでもない。
その後、蚊が来てもたたくことはできなくなった。
慈しみの心が足りないので、無神経なのかも。
身の丈修行者
2015年04月22日 06:22
業が常についてくる事、意識したいと思います。
悪い事をしないように・良い事をするように努めたいです。

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