春になり白鳥沼を捨てるよう念ある人は執着捨てる

ダンマパダ 91

有念者は家を出る
家を楽しまない
白鳥が沼を捨てるように
彼らはあの家この家を捨てる


○この詩から学ぶこと

 有念者とは、念がある人という言う意味です。では「念」とは何でしょうか?パーリ語ではサティといいます。これまでも何回も出てきた言葉ですが、実況中継と表現して来ました。重要な言葉ですから、スマナサーラ長老の著書「心の中はどうなってるの?」(サンガ)の140ページからその定義を引用します。

 「『念(サティ)』は『気づき』です。「今・ここ」に目覚めていること、覚醒している状態のことです。過去のことや将来のことについて心を無駄に回転させることをやめて、『今・ここ』で起こる現実を認識することです。

 『念(気づき)は、仏教ではとくに重要です。瞑想実践も気づくことから始まるものです。また、気づきを育てると『智慧』が現れてきます。仏教では、『智慧』をなによりも大切にしています。『智慧』で『痴』が破れます。悟りを開きます。」

 以上のような「念(サティ)」のある人、念の実践者は、智慧があります。智慧のある人は家を出るのです。家とはそのまま家と考えて出家をすると考えてもいいのですが、家とは私たちの執着の象徴です。ですから、有念者、智慧ある人は執着を捨てると理解することができます。

 「家を楽しまない」は家に象徴される執着の世界を楽しめないということです。

 春になると、白鳥は冬の間過ごしていた沼を、何も持たずに、少しの未練も残さずに、北の国に飛び去ります。そのように、有念者はあの家、この家、すなわちあの執着もこの執着も捨てるということです。

 この詩についても、スマナサーラ長老の説法が日本テーラワーダ仏教協会のホームページにありますから、そちらも勉強して下さい。http://www.j-theravada.net/howa/howa31.html

○春になり白鳥沼を捨てるよう念ある人は執着捨てる

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年03月07日 05:24
 おはようございます。
 昨日は、食べたなあ。昨日は。過去だ。今ではない。今は、座っています。
2009年03月07日 05:24
ワンギーサさん、おはようございます。2500年前のインドで白鳥は人々の目にどううつったのでしょう。白鳥の飛びたつ姿は美しく感じます。そのように執着を捨て去る、というのならば素敵なそして詩的な語りだと感じます。有難うございました。
PUN
2009年03月07日 05:32
 ワンギーサさん、みなさん、おはようございます。
 
 今日のところは私も、中村先生の『ブッダ真理のことば』を片手に、短歌化を試みていました。

白鳥が池を立ち去るようにして彼はあの家この家捨てる

 というものでしたが、これじゃ意味がよくわからない。スマナサーラ大長老の解説を参考に作っていれば、よかったかもしれないとも思いました。「春になり」という最初の五文字は、私じゃ決して思い浮かばなかったです。

 また「念」という言葉が入っていることで、芸術性だけにとどまらない、ヴィパッサナー修行者としての実用性もあるような短歌であると、ただ遊びで作っているだけではない何かが、この短歌にはあると、思いました。

 時間がないのでこの辺で。生きとし生けるものがしあわせでありますように。
あっきん
2009年03月07日 06:58
 おはようございます。
心に聞いてみました。執着ある? てんこ盛りあるよ。
それに気になる事があるんだ。妄想かもしれないけど、全ての煩悩特に欲がなくなったら、今までの生活はできない。つまりこの詩でいう沼を捨てたら後どこで生活するのだろうか。不安があり考えても答えが分からない。
ワンギーサさんのコメントお待ちしております。
まお
2009年03月07日 07:47
 ワンギーサ様、ツヨシさん、新さん、PUNさん、あっきんさん、おはようございます。
 私も、あっきんさんと同じようにこの人生でもしすべての煩悩がなくなったら家を出て一体どうやって生活するのかと考えたことがあります。ワンギーサ様、あっきんさんへのコメントをお願いします。
まお
2009年03月07日 07:51
 私も考えてもわからなかったからです。
2009年03月07日 08:01
欲かある?欲がない?家がある?ない?これからどうする?生きて生けるの?…そうした沼を白鳥は飛びたつのでしょう。美しくしいですね。
高橋優太
2009年03月07日 08:19
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。とりあえず、悪い感情(怒り、欲)を捨てたいです。これがあると苦しいです。なくしたいです。妄想すると元気がなくなります。悪い感情に負けないように、今日の詩にあるとおり、白鳥が沼を捨てるように、執着をなくしたいです。ありがとうございました。私が幸せありますように。皆様が幸せでありますように。生きと気生けるものが幸せでありますように。
高橋優太
2009年03月07日 08:21
8:19の僕のコメントの最後の文は
「生きと気・・・」ではなく「生きとし生けるもの」の間違いです。ごめんなさい。
まお
2009年03月07日 08:28
新さんへ
 08:01のコメントは煩悩がなくなって家を出た後のことは阿羅漢になったらわかることで、今考えて心配してもしょうがない、それも煩悩だからというふうに思われました。


 タイではメ―チーがいますが女性は基本的には出家出来ないそうだからテーラワーダのお寺には阿羅漢になってもたぶん住めないのではないかと思っているからなんです。でも、そうなら野宿でしょうね。
 女性の阿羅漢が三人現れれば僧団が出来て女性の出家者を出家させられるのではないかという話を協会のHPのたしか「ブッダの智慧で答えます」で読みましたが、それはテーラワーダ仏教の本場タイやスリランカなどでは認められる考えなのでしょうか?
まお
2009年03月07日 08:31
高橋優太さん、おはようございます。
あっきん
2009年03月07日 08:35
どろ沼を飛び立った鳥はつまり、在家の生活はできないのですよね。こんな事を考えるじたい執着があるのですが、考えないで自然に任せた方がよいのでしょうか。
高橋優太
2009年03月07日 08:41
まおさんへ。
ゴーダミー精舎に行くそうですが、泊まる場所はどうしますか?僕はいつも親戚のおばちゃんの家に泊まらせてもらいます。今年の3月も東京に行こうと思っていたのですが、おばちゃんが地元に帰っていて、行けませんでした。まおさんも同じ東北人なので、どうするのか気になりました。あと東京までの交通手段は、僕はいつもバスを使っていますが、まおさんはどうしますか?
ワンギーサ
2009年03月07日 09:09
皆さん、おはようございます。
 PUNさんへ。PUNさんの短歌も悪くないですよ。上手下手か気にせずに、57577で言いたいことをまとめるのが面白いのです。頭の体操にもなると思います。これからも、どんどん作ってコメントしてください。
 あっきんさんとまおさんへ。煩悩がなくなった時のことについては、今回引用したスマラサーラ長老のHPの説法に少し書かれていますから、お読み下さい。
 まおさんへ。女性の出家についてはいろいろな話がありますから、おいおい学んでください。このスペースでは書ききれません。
あっきん
2009年03月07日 09:41
 ワンギーサ様コメントありがとうございました。
心のよりどころを求めて不安になっていました。心が弱いんだと気がつきました。まだまだ修行が足りませんね
林大貴
2009年03月07日 13:45
ワンギーサさんこんにちわ^^ポーオーパユットー師の著書(仏法)に三学で修習、学習を実践し、修習(Bhavana)で成果を測ると記述(P374)されているのですが、Bhavana4つの修習(身戒定慧)は実践の原理ではないのでしょうか? 
まお
2009年03月07日 16:51
ワンギーサ様へ
 わかりました。コメントありがとうございました。

高橋優太さんへ
 コメント遅くなってすみません。ある親戚は埼玉県にいますが泊まりには行きずらいというかあまり会ったことがないので泊まれません。私は期間限定のびゅうの一泊二日の往復JR代とホテル代込みのパックで行くことにしました。ホテルは一番安いところです。もし車や普通に新幹線で行くことになるならば、父は代々木の「オリンピックイン神田」という安くて公的で信頼できるホテルを推薦しましたよ。東京では電車で移動します。東京までの交通手段はとくに考えてません。
高橋優太
2009年03月07日 18:21
まおさんへ。
コメントへの回答ありがとうございます。「オリンピックイン神田」というホテル、僕も調べてみます。ありがとうございました!
ワンギーサ
2009年03月07日 22:50
林大貴さんへ。
ポーオーパユットー師の考え方は、ポーオーパユットー師に聞いてみないと解りません。
ハナ
2009年03月07日 23:40
こんばんは、ワンギーサさん。お邪魔します。

コメ下さったので遊びにきてみました。
率直に私には難しくてわからない。
ただ、執着を捨てられたら楽だろうなと思う。
でも、私には難しくて言葉で納得出来ても、気持ちがついていけないです。
2009年03月08日 09:46
ハナさん、御訪問して頂きましてありがとうございます。
このブログ6月で一年になりますが、始めの頃は、比較的丁寧に説明していたことも、最近は説明をはしょったりしていますので、初めての方は分かり難いところがあると思います。初めての方も分かるように書きたいと思っています。また、気楽に訪問してください。
 
身の丈修行者
2015年04月14日 07:31
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「気づきを育てると『智慧』が現れてきます・・『智慧』で『痴』が破れます。悟りを開きます。」を拝見し、私はサティをする事で思考が減り今ここのサティで終わりその連続となる、は実感していますが、智慧が生まれる・・は実感出来ていない事を思いました。
実践していくと分かるかなと思います。精進して参りたいです。

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