学ぶこと少ない人は牛のよう肉は増えるが智慧は増えない

ダンマパダ 152

学ぶこと少ない人は
牡牛のように老いていく
彼の肉は増えるが
彼の智慧は増えることはない


○この詩から学ぶこと

 昨日、朝日カルチャーでスマナサーラ長老の公開講座がありました。テーマは「自己はメンテナンス可能か?」ですが、「生きる目的」を中心にお話しになりました。2時間以上のお話しですので、その幾つかについて私の感想を述べます。実はこのブログにコメントをしてくれる「新さん」も隣で聞いていたのです。私たちはいつも情報を各自勝ってに捏造して受けて入れているので、私が聞いた内容と新さんの聞いた内容も違ったものになっているでしょうね。ですが、私の受け止めた内容を書いてみます。

 いろいろ、前書きが多くなりますが、スマナサーラ長老は常日頃「生きることに目的はない」と言われていましたので、私にとっては興味津々でした。以下話しの内容です。

 生命は目標を決めて生きている。目的がないと生きて生けない。何をするにも目的がある。立つのも、座るのも、瞬き(まばたき)するのも。食べるのも。立つのは、ずっと座っていると苦痛だから立つのです。座るのはずっと立っていると苦痛だから座るのです。瞬きするのは、瞬きしないと苦痛だからするのです。食べるのは、ずっと食べないでいるとお腹が空いて苦痛になるのです。生きるのは苦痛を避けるのが、第一義的な目的なのです。

 二番目は、第一義的な目的の補助的な目的です。つまり、苦痛を避けるための危機管理です。怪我をしないように、病気をしないように、事故にあわないようにすることです。火事や地震や洪水などから身を守るようにすること。これが補助的目的です。

 三番目は副次的目的です。知識を得たり、技術を習う。また仕事、財産、結婚、マイホーム、マイカーなどは楽に生きる、快適に生きるための目的です。

 四番目は附則的な目的です。あってもなくても生きることに影響のない目的です。例えばアクセサリー、贅沢品、美術品、趣味、スポーツ、有名人になることなどです。

 世間の人々は、生きるために、あってもなくてもいい目的、四番目の附則的な目的を一番重視して、次は副次的目的、その次が補助的な目的で、一番軽視していることが、第一義的目的なのです。ですから、人々の目的、目標は、必要か不可欠か、それによって幸福になるかどうか関係ないのです。ですから目標が達成されても、満足することができず、不満や不安が残ります。

 スマナサーラ長老の分析は続きますが、生きることとは何か、生きる目的な何かなど、人生の一番大切な問題を学ばなければ、限られた時間を、どうでもいいことで無駄に使うことのなるのです。
人間ならば、牛のように、肉を増やすだけでは、人々の役には立たないのです。仏教を多く学ぶ必要があります。

 この詩に関するスマナサーラ長老の法話が日本テーラワーダ仏教協会のホームページにあります。是非勉強してください。http://www.j-theravada.net/howa/howa69.html

○学ぶこと少ない人は牛のよう肉は増えるが智慧は増えない

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年04月17日 05:49
ワンギーサさん、おはようございます。昨日のスマナサーラ長老の講義の後半は難解と思いました。「第一義的目的があることさえ知らない。それには気がつかない。」というのがポイントだと私は思いました。気がつかないということは、実際にはやってるのだがそれに気づかない。ということだからです。心は知る(感じる)機能で、それが正であろうが誤であろうが知るだけで十分(情報が触れないと心が生じないのでそれが死活問題)です。しかし感覚が本質的に苦であることに諦めずに楽を更に期待してしまう。このような心の働きから、必然的に四番目の附則的目的こそが「人生の目的」と常識的に意識されてしまった。というふうに理解してます。とにかく何でもかんでも刺激を得たい。しかしそれは「苦」の感覚でしかないから更に刺激的なアクセサリーなどを無闇に求めてしまいそれでよしとする。根底に「苦から逃れる」という一義的目的が潜んでいるからだと思います。そんな心のメンテンスをするには「ブッダマニュアル」に従って自身が治すしかない。以上データの捏造に基づく感想でした。有難うございました。
2009年04月17日 06:38
おはようございます。三宝に帰依いたします。
2009年04月17日 06:55
迷信を避けます。実践します。
2009年04月17日 06:57
~生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように~
高橋優太
2009年04月17日 07:04
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。
仏教を学び、実践する以外に何か有意義なことはあるだろうか?と思いました。ちょっと前に友達とカラオケに行きました。友達は「楽しいし、行こうよ」と言いました。歌っているとき、自分は何をしているのかわからなくなりました。今の状態を直視せず、ごまかすことはできますが、だからと言って(ごまかしたからと言って)、幸せに、苦しみがなくなるわけではありません。
それにけっこう疲れます。やはり慈悲の冥想、仏教を学ぶこと、実践は充実感があると思いました。今日のお話の通り、生きる目的は何か?ということをしっかり見極めて、有意義に生活しようと思います。ありがとうございました。三宝に帰依いたします。生きとし生けるものが幸せでありますように。

まおさんへ。
はい、東京にいます(正確には横浜ですが)。
高橋優太
2009年04月17日 07:08
まおさんへ。
30日の日に帰ります。
あっきん
2009年04月17日 08:02
おはようございます。
学校で習った勉強、生かせているかと言えば微妙。
歴史で【世界恐慌】と暗記した。NHKではそれと現在同じ道筋をたどっていると、報道していた。その原因は人間の儲けたい欲かもしれないだって。仏教では欲・怒・無知が経済不安や戦争を作ると断言している。
【食物連鎖】と暗記した。食べる事に重点を置いてあるが、心の関係ネットーワークは知らなかった。仏教を知って幸運です。
まお
2009年04月17日 09:00
 皆様の願い事がかなえられますように。
 やがて捨てる体をむきになって増殖させているようでは心の成長に役立ちませんね。だから消えない人格・徳・智慧という財産を育てよう。

高橋優太さんへ
 わかりました。優太さんがもっと心を育てられますように。

 生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
高橋優太
2009年04月17日 23:29
まおさんへ。
ありがとうございます。お互い、東京の遠くに住んでいるので、これからもたびたび情報を交換しましょうね。
よろしくお願いします。
まおさんが幸せでありますように。
皆様が幸せでありますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
身の丈修行者
2015年04月28日 07:59
こちらで学ばせて頂き、何が大事かを知り、日常生活の僕の心の様子も随分変わりました。
以前は暇するのが嫌で、無理やりでも予定をいれて散財する事もありました。
時間を潰すような生き様は、損としか思えません。それは自分で気が着けないと、生活に反映されません。
もう既に40を超えてますが、過去を公開するのではなく、その学びを今にいかして参りたいと思います。

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