悪行は自己の責任 悪行をしないのならば自己は清らか

ダンマパダ 165

自分で為された悪行で
自分が不浄になる
自分が悪行を為さないならば
自分が清浄になる
清浄、不浄は自分の責任
他人が他人を浄化できない


○この詩から学ぶこと

1.自分が悪行為をすれば、自分の心が汚れます。汚れた心で、何をしてもその人は不幸になります。(ダンマパダ1番、参照 http://76263383.at.webry.info/200901/article_1.html

2.自分が悪行為をしなければ、自分の心は汚れません。汚れてない心は清らかです。清らかな心で、何をしても、その人は幸福になります。(ダンマパダ2番、参照 http://76263383.at.webry.info/200901/article_1.html

3.心が清浄になるか、不浄になるかどうかは、すべて自分の行為で決まります。ですから、すべて行為者、つまり自分の責任なのです。

4.どんなに親しい間柄でも、例えば、親が子の、あるいは子が親の、夫が妻の、妻が夫の悪行為で汚された心を清らかにすることはできないのです。アドバイスや指導はできますが、自分の心の汚れを落とすのは自分で行わなければならないのです。それが心の法則です。業の法則です。

 私たちの心は、ずるく、怠けものですから、なんとか自分の責任を逃れて、いろいろな問題の責任は自分にはないと、考えようとします。しかし、この詩が教えることを、忘れずに考えて、自分の責任を自覚して、行動する必要があります、自己責任を自覚して行為することで、自分の心を浄化できるのです。

 165番の詩に関するスマナサーラ長老の法話は、日本テーラワーダ仏教協会のホームページにあります。そちらも是非お読み下さい。http://www.j-theravada.net/howa/howa80.html

○悪行は自己の責任 悪行をしないのならば自己は清らか

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年04月28日 05:33
三宝に帰依いたします。おはようございます。生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように。
2009年04月28日 05:33
ワンギーサさん、おはようございます。どんな状況下でも自分が悪行為をしなければ自分が幸せになる。ということだと思います。自己責任だからこそ、何とかなる望みがあるのだと思います。有難うございました。
2009年04月28日 05:37
懺悔いたします。「やれって言ったじゃないですか」と思います。責任逃れ。怠け。あやまち。ヴィパッサナーします。
髙橋優太
2009年04月28日 07:40
新さんへ
ありがとうございました。勘違いしていました。明日でした。ありがとうございます。
あっきん
2009年04月28日 07:59
おはようございます。
悪行為が、自己破壊すると知っていれば多分誰もしないでしょう。自分の事がかわいいから。私が輪廻し生まれかわっているならば、過去沢山の悪をしているかも。
これまでの、方向をかえるのも心と行動しだい。
身の丈修行者
2015年05月01日 07:49
心が汚れるかどうかは、自分の行動・生き方にかかっているなと実感致しました。
自分を見れず、他人等のせいにする方がいますが、それは無明といえるのかもしれないですね。
心を汚さない生き方をして参りたいです。

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