注意してムチに打たれぬ馬のよう恥知って悪事を避けよ

ダンマパダ 143,144

良馬はムチに打たれないように
恥を知って自己を制御する
非難されないように注意する人は
この世にいるだろうか (143)

ムチにふれた良馬のように
努めて、緊張感を持ちなさい
確信と戒と精進と
集中力と法決定と
智慧と行動を備えた人となり
少なくない苦を克服しなさい (144)


○この詩から学ぶこと

 本屋さんで、楽天の野村監督の「野村の極意」(人生を豊かにする259の言葉)という本を立ち読みしました。かなりの智慧の言葉が書かれていました。今回の詩と関係のありそうな言葉としては、次のような言葉がありました。「自由奔放にやるのは楽しいし、簡単。しかしそれは許されない。」

 自由奔放にやるとは、欲望のままに行動し、気に入らなければ怒ったり、やらない、また、よく考えれば分かることを、よく考えずに矛盾した行動をする、必要な仕事を怠けてしないなどです。これらは他人の迷惑になり、ひいては自分を不幸にすることなのです。ですから、自由奔放に行動することは楽しく、簡単であっても、良くないことなのです。

 良くないことをする、悪いことをすることを恥じる心は、道徳を守る上で大切な心です。人間世界の道徳を守るために必要な心は二つ有ります。一つは今述べた、悪を恥じる心で、仏教用語では慚(ざん)といわれます。もう一つは悪を恐れる心で、仏教用語では愧(き)といいます。悪いことをすることを恥じ、恐れる、すなわち慚と愧で人間社会の道徳が守られるのです。

 道徳を守った上で、さらに次に確信と戒と精進と集中力と法決定と智慧と行動を備えた人となるようにと釈尊は言われます。これらは八正道を実践することで養成できるのです。確信とは正見を持つことです。戒とは正思、正語、正業、正命を実践することです。精進は正精進、集中力は正念、正定です。

 法決定とは正見ですが、正しい真理か、正しくない真理か、何が原因か、何が原因でないか正しく見定めることです。

 智慧と行動を備えた人とは、仏教用語では、明行具足の人といいますが、八の智慧と十五の実践を行った人を意味します。その具体的な内容は昨年12月31日のブログに記載しました。興味のある方はそれを参照して下さい。http://76263383.at.webry.info/200812/article_31.html

 144番の詩については、スマナサーラ長老の法話が日本テーラワーダ仏教協会のホームページにありますから、是非お読み下さい。http://www.j-theravada.net/howa/howa61.html

○注意してムチに打たれぬ馬のよう恥知って悪事を避けよ (143)
○緊張感持って悪避けて確信と戒と精進、智慧を備えよ (144)

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 

この記事へのコメント

2009年04月09日 05:45
ワンギーサさん、おはようございます。人間いつ死ぬかわかりません。人生=悪にはしたくありません。道徳を守り、八正道を完成させるよう緊迫感をもって精進します。有難うございました。
2009年04月09日 06:11
おはようございます。
「何が原因でないか。」が、気になりました。
精進します。
あっきん
2009年04月09日 06:50
おはようございます。
座禅がしたくて探していました。偶然、朝日カルチャーセンターで見つけました。
一つは、日本古来の座禅
一つは、テーラワーダの瞑想
叩かれるのは、嫌だったので一日体験瞑想を選びました
「瞑想するのは、タダだから」と言う言葉に引かれた。だって座禅コースは数万円で期間が決められていましたから。大抵は利益主義でしょう。バカな私でも、妙に説得力がある。多分、仏陀自身が人に言うほど行っているからだと感じます。そして現在に至ってます。これからも、もっと納得できるまで続けます。
2009年04月09日 09:05
ワンギーサさん、私も以前よく立ち読みしてました。しかし、「与えられてないものを奪う」行為に引っ掛かる気がして最近は興味のある本、立ち読みしてよかった本に関しては全読しても購入してます。本はそもそも立ち読みのためのものでないこと。本を読んで得るものの対価としての価格がある。と判断してるためです。考え過ぎかもしれませんがその辺はいかがでしょうか?
まお
2009年04月09日 09:09
 皆様に悟りの光が現れますように。
 仏陀の九徳の一つ、明行具足者とは何かがわかりました。
 他人に仏教の話や仏教的な話をするとき、お釈迦さまがこう言った、長老や僧侶達がこう言ったと言うばかりではなく、自分が理解していてこれは間違いではないと自分なりにわかることも最大限に話してみることが大事なのかなと思います。でも自分勝手な解釈をしてしまいそうな気がするので、曖昧だったりはっきりわからないことは話さないべきだと思います。わからない事はまだまだあるのでもっと精進しようと思います。
まお
2009年04月09日 09:09
 生きとし生けるものの願い事がかなえられますように。
ワンギーサ
2009年04月09日 10:50
皆さん、おはようございます。
新さんへ。
本を購入するために、内容を吟味する立ち読みは許されていると思います。最近は、イスまで用意している本屋さんもあります。
2009年04月09日 11:34
ワンギーサさん、ご指導有難うございます。内容の吟味は確かに必要だと思いますし、それを促す本屋さんもあります。しかし、それをいいことに本の一部だけノートにメモする輩が続出したので、「そのような行為はおやめ下さい」という警告がなされてます。以上は経済活動から(必要な箇所だけいいようにパクられては商売が成り立たない)の視点です。一方、「与えられてないものを奪わない」を心を基準として考えると、「欲しい」ものを不当に得ない。つまり欲に対する抑制、戒めだと思うのです。従って、試しに読んでみて「下らない。どうでもいいや」という場合は怒りか無知なので買わない。しかし「できれば本の一部でもメモしたい」「立ち読みだが役立った」(役立った場合は既に自分にとって有意義な知識を奪ってると思うのです)という場合は「欲」に関することなので、そういう場合はなるべく買った方がいいと思うのです。役立ったがそれは参考程度で敢えて買うに値しない。というのは身勝手な考えのように思えるのです。以上二点が主な論点です。
ワンギーサ
2009年04月09日 11:51
新さんへ。言葉足らずですみません。私の場合「野村の極意」は購入しました。
2009年04月09日 12:53
ワンギーサさん、ご回答有難うございます。敢えて「立ち読み」と書かれていたので??と思いましたが納得しました。実のところ、定価700円程度の本の概略くらいは立ち読みで十分把握できちゃいます。でも最近、自分のそうした行為に疑問をもち、それなりに役立ちそうな本は必ず買うようにしてます。何万もする高い本で手がでない場合図書館で読むように心がけてます。有難うございました。
2009年04月10日 04:19
「天耳智: 天人の耳のように遠くも声や小さな声を聞ける智慧」が、完成するといいな、と思いました。今は、1m離れていて、聞こえません。騒音があると、聞こえません。修行します。
身の丈修行者
2015年04月25日 07:42
その時々の状況に応じてどう行動するか・どう生きるか・・という事があると思います。
その場面は家庭であったり仕事であったり・・そのシーンで自分の役割は変わると思います。父であったり専門職であったり等です。
そんな中で自分の欲で行動出来る機会は少ないように感じます。
日々の今で、こちらで学ばせて頂きました事を実践して参りたいです。

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