人々は山や森などをあがめるは不安になるとそこに出かける

ダンマパダ 188、189、190、191、192

多くの人々は山を、森を、園を、樹を、社などを
心の拠り所にする
そして恐怖に駆られてそこに出かける (188)     

しかし、これらは安穏な心の拠り所ではない
これらは最高の心の拠り所ではない
これらを心の拠り所にしても
一切の苦から解放されない (189)

仏、法、僧を心の拠り所にする人は
四つの聖なる真理を正しい智慧で見る (190)

すなわち、苦と、苦の生起、苦の征服
苦の征服に至る聖なる八つ道である (191)

これらは安穏な心の拠り所である
これらは最高の心の拠り所である
これらの心の拠り所によって
一切の苦しみから解放される (192)


○前回の「この詩から学ぶこと」

 上の5つの詩は一連のものだから、まとめて掲載することにした。
 多くの人は、恐怖心に駆られて、いろいろなものを心の拠り所にする。しかし、それらは本当の心の拠り所にはならない。なぜならば、これらのを心の拠り所にしても一切の苦から解放されないからだ。
 一方、仏、法、僧を心の拠り所にすると、四つの聖なる真理を学ぶことができるようになる。この聖なる真理によって、一切の苦しみから解放される。だから、仏、法、僧が本当の心の拠り所である。

○スマナサーラ長老の法話(日本テーラワーダ仏教協会ホームページより)

http://www.j-theravada.net/howa/howa103.html
 お守りは不安の泉 ~理性を育むと迷信は消える~

○今日のコメント

 全ての生命は何かに頼らなければ、精神的にも、肉体的にも生きて生けません。唯一、「天上天下唯我独尊」と言えるのはお釈迦様だけです。それならば「四つの聖なる真理」に頼るのが一番よいでしょう。それが私の結論です。皆様はどうでしょうか?

○人々は山や森などをあがめるは不安になるとそこに出かける (188)
○山も森も安心できるものがない苦しみからは解放されない (189)
○三宝に帰依する人は四からなる聖なる真理智慧で発見 (190)
○四聖諦苦諦集諦滅諦と苦の征服に至る八の道 (191)
○四聖諦心の帰依所帰依者は苦しみから解放される (192)

~わたしは幸せでありますように~
~わたしの親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年05月22日 04:50
ワンギーサさん、おはようございます。自分の主観(無知)の通りには物事は進みません。「先はどうなるか分からない」から不安はあるでしょうが、それには「法則」に従って生きるしかないと思います。それに逆らえば当然「不安」「失望」は増えてしまうでしょう。迷信は「法則」ではありませんから、付け焼き刃の気休にしかならない。お釈迦様だけが、普遍的に成り立つ、そして幸福に導く厳選された「法則」「真理」を発見されました。「因縁、無常、苦、無我、四諦」という真理を拠所にして生きていくしかないようです。有難うございました。
あっきん
2009年05月22日 07:29
おはようございます。
森・樹等を歩くとリラックスする。山登りをして山頂までたどり着くと、感動がある。→○
悪人に頼ると不幸になる。→×
仏法僧に頼るとどうなるでしょうか・・
盲目的に信じません。自分で一つずつ発見しポイントをためます。→◎+?
身の丈修行者
2015年05月11日 07:59
仏、法、僧を心の拠り所にして、四つの聖なる真理を学ばせて頂き、心を成長させて参りたいです。

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