愛欲と怒り五蘊が苦の本だ平安よりも幸せはない

ダンマパダ 202

愛欲に等しい火はない
怒りに等しい不運はない
五蘊に等しい苦悩はない
平安より上の幸福はない



*訳注:五蘊とは五つ要素の固まり、生命を意味する。五つの要素とは肉体、感覚、思考(概念)、衝動、認識のこと。

○この詩から学ぶこと

 この詩は不幸と幸福について語っています。

 人々は、恋愛、愛欲は最高の幸福だと思っています。多くの小説、演劇、映画などでも恋愛や愛欲を表現しています。しかし、どうでしょうか。恋愛や愛欲から悩み苦しみが生まれます。今の若い人々は読まないかもしれませんが、ゲーテの「若きウェーテルの悩み」という小説がありました。年上の人妻に恋して、最後はピストル自殺するのです。恋愛が不幸の始まりでした。

 怒りに等しい不幸はないのです。忠臣蔵は赤穂藩主浅野内匠頭長矩の怒りから始まります。その結果、赤穂四十六(四十七ではない)士の切腹で終わるのです。その他、ほとんどの戦争は国の支配者の怒りから始まっている筈です。その結果、多くの兵士や人々の戦死があるのです。

 五蘊とは、自分のことです。人々が自分と思っているものです。すなわち、人々は自分の肉体を自分と思っています。感覚と思考(概念)、衝動、認識などを心と言います。人々は自分の心も自分と思っているのです。人々の苦悩の原因は自分、すなわち五蘊なのです。

 以上、不幸の原因は愛欲、怒り、五蘊ですが、反対に幸福とは何か?それは、平安だと述べられています。すなわち、寂静、涅槃なのです。

○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200807/article_13.html


○この詩に関するスマナサーラ長老の法話(日本テーラワーダ仏教協会HPより)

http://www.j-theravada.net/howa/howa110.html
 苦は幸福の面(つら)を被る(かぶる) ~欲と怒りは幸福を燃やし尽くす~

○愛欲と怒り五蘊が苦の本だ平安よりも幸せはない

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年05月29日 04:57
ワンギーサさん、おはようございます。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』懐かしいですね。徹夜して一気に読みました。凄い集中力だったと思いますが、人が恋愛に至福を感じるのはそうした集中力のなせる技なのかもしれません。(今は恋愛対象がないので推測になります)さて、確かに恋愛などによって苦悩が生じますが、むしろそうした「苦悩と向き合い格闘する」ことが人間の特権とも言えます。シェイクスピアも単に恋愛感情だけでなく、それを契機に様々な人間の生きる本質を描いたものと考えてます。仏教の主張を理解するためには「人間には欲望という本能があり自然である。それは確かに苦悩をもたらすが、その苦悩を克服してより高い精神性を極めていくのが人間らしい生き方であり、真の幸福なのである」という「欲望肯定論」を引っくり返す必要があるかと思います。この「問い」はなかなか面白いと思ってます。有難うございました。
ツヨシ
2009年05月29日 05:21
おはようございます。
感覚で終わるなら、思考はないですね。
pun
2009年05月29日 05:36
皆さん、おはようございます。新さん、昨日はコメントありがとうございます。

今月のパティパダー発送ボランティアの日に、どなたかと仏教談義に花を咲かせていらっしゃったワンギーサさんが「この世は肥溜めだと思わなくちゃいけない」とおっしゃられたのを耳にいたしました。

通勤・通学で利用させていただく電車の中で、たとえば、若い女性を拝見いたすと、愛欲がわいたりいたします。世間の価値観から拝見すると、美しく見えるものであっても、お坊様がご覧になると、執着するに値しないものになるのかなと、思えば、欲に翻弄されることも少なくなるかと思いました。非常にありがたい教えを耳にさせていただくことができ、幸せに思っております。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
身の丈修行者
2015年05月14日 06:16
心的に刺激のあるものを快楽と思ってしまいがちだと思います。20歳前後の頃「刺激が無い」と嘆く同年代の方を少なからず見ています。
刺激のある事は心の変動があり、振り子のように快楽の方にも触れれば逆もあると感じます。
心の平安の幸いさ、学んで・実践し、幸福を得たいです。

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