健康と満足信頼あるならば しかし涅槃に至れば最高

ダンマパダ 204

健康は最高の利得だ
満足は最高の財産だ
信頼は最高の親族だ
涅槃は最高の幸福だ


○この詩から学ぶこと

 「健康にまさる幸せはない」という諺があります。特に病院に入院して退院した時などには、つくづくそのように感じます。

 どんな条件下でも、満足している人は幸福です。健康であっても満足していない人々もいます。先日、ある知人から「職探しなかなかうまく運ばない」とメールがきました。 その方は健康で、そこそこ悪くない職場で働いているのに、不満を漏らしているのです。私は「そこにある今の幸せ感じろよ」と返信しましたが、健康であっても、満足してない人は幸福とは言えません。その方もこのブログを読むかもしれませんので、あまり悪口は言えません。その方はとても良い方なのです。

 信頼が幸福であることは、太宰治の短編小説「走れメロス」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%B0%E3%82%8C%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%82%B9)を読むと感動的に理解できます。しかし、現代日本社会では信頼が親族と結びつかないことが残念です。

 健康は幸福です。満足も幸福です。信頼も幸福です。しかし、それら以上の幸福、最高の幸福が涅槃だとこの詩は述べています。

○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200807/article_15.html

○この詩に関するスマナサーラ長老の法話(日本テーラワーダ仏教協会HPより)

http://www.j-theravada.net/howa/howa114.html
 一番を目指して生きる ~「最高」の理論的な定義~

○健康と満足信頼あるならば しかし涅槃に至れば最高

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年05月31日 04:56
ワンギーサさん、おはようございます。『走れメロス』を読んで、理想的な友情に感動しました。さて、今日の内容は今月27日のダンマパダ197~199で私がコメントしたことと繋がってました。二ーチェの「道徳、善悪、真理」に対する強烈な批判を受けて(二ーチェの主張は全て正しいとは思わないが、指摘は鋭いと感じる)、「自分にとって幸福と思うことは何か?」を自問自答したのです。その時、仏教の知識から徹底的に離れて本音をノートにぶちまけました。ちょっと恥ずかしいのですが、全部公開すると「健康。必要な金。うまいものを食べる。家族と楽しく過ごす。友人との付き合い。本を読む。頭が冴えてる。怒りなく過ごす。」でした。このうち、うまいものを食べたり、必要な金は満足感に。家族や友人は信頼になります。そして、怒りなく過ごすは「慈しみ」。頭が冴えてるは「智慧」つまり「涅槃」への道です。今日の詩でお釈迦様は、私個人の思いを見事に整理整頓してくれました。このような自問自答から、ダンマパダを理解するのは初めてです。そして、仏教を離れてつつも本心でブッダの教えから外れてない自分が嬉しくなりました。有難うございました。
あっきん
2009年05月31日 07:44
おはようございます。
幸せだからと言って、食べ過ぎてはいけません。苦しみに変わる。これは私だけの事か・・仏陀は仙人にも修行法を教えてもらっても、まだ完璧でないと幸せを追求する。先日買った"釈尊の生涯”DVDを見て、理論だけでなく生き方が稀だと感じました。そんなレベルに近づけたらいいなと思うのであった。
身の丈修行者
2015年05月14日 06:29
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「健康であっても、満足してない人は幸福とは言えません」心に響きます。
また、日常で健康である事は当たり前で意識に入らず・幸せが無い・・とぼやいている方を少なからず見た事があります。
私は涅槃を目指したいです。

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