嘘をつく来世無視するような人悪事を止める歯止めがないぞ

ダンマパダ 176

唯一の真理を犯して
嘘をつく人
来世を無視する人は
どんな悪いこともする


○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200806/article_4.html

○スマナサーラ長老の法話(日本テーラワーダ仏教協会ホームページより)

http://www.j-theravada.net/howa/howa91.html

○今日のコメント

 ダンマパダと翻訳と解説を行ってきて、確信のないものが幾つかあります。その一つはこの176番です。「唯一の真理」を前回の「この詩から学ぶこと」では、「どんな生命にも自己愛があるということ」と書いたことです。確かにこれは真理ではあると思いますが、唯一の真理と言っていいのかどうかということです。今ではむしろ、「ブッダの教え」と理解した方がよいのかなと思っています。嘘をついてはいけないということは、ブッダの教えでありますから、嘘をつくことはブッダの教えを犯すことになります。

 前回、「どんな生命にも自己愛があるということ」にした理由は、なぜ嘘をついてはいけないのか?を考えたからです。嘘をつくことは生命の自己愛、生命の尊厳を犯すことになるから、嘘はいけないと考えたからです。このような理由で私にとっては、この訳は確定訳ではないのです。皆様も各自いかに理解すべきか考えてみてください。また、「なぜ嘘をついてはいけないのか」についても考えてみて下さい。

○嘘をつく来世無視するような人悪事を止める歯止めがないぞ

~私は幸せでありますように~
~あなたが幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年05月08日 04:41
嘘は、ありのまま、ではありません。と、考えます。
髙橋優太
2009年05月08日 04:46
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。
ワンギーサ先生、昨日はありがとうございました。
質問はもうちょっと考えてから後ほどコメントいたします。ありがとうございました。
2009年05月08日 05:17
ワンギーサさん、おはようございます。「唯一の」の理解に鍵がありそうな気がします。私たちは無知で生きてる限り、様々な過ちを犯してしまいます。しかし「嘘をつかない」のであれば、つまり自分に対しても他人に対しても正直であるなら、まだ再生の見込みがあります。ちなみに私が仏教と出合って強く感じたのが、「自分の本音や行動に対する正直さ」の重要さでした。怒りっぽい性格でも、その事実を認めず自己も他者も欺くならば、もうそれっきりです。これは恐ろしいことです。十善十悪のリストでも最もたちの悪いものだと言えるのではないでしょうか。事実に基づかないので諸悪の根源である「邪見」をどんどん膨らませてしまいます。結論としては、つかなければ、この上ない「善人」になれる。つけば、どうしようもない「悪人」で終わる。数ある道徳リストでも際立った特色がある。有難うございました。
2009年05月08日 05:38
ツヨシさんのコメントにヒントを受けました。ありのままで知るのは悟りの境地ですから、嘘の如何に関わらず、私たちの知る世界は決して「ありのまま」ではありません。しかし、怒った場合、ヨコシマな行為をした場合、嘘によって更に「ありのまま」の世界から遠ざかる。邪見のは世界に染まる。嘘は悟りと反対方向の指南役だから「唯一の真理を犯す」のではないでしょうか。
2009年05月08日 05:53
結論です。まとめると、嘘をつけば「悟り」の世界とは全く無縁になる。当然自己愛(自分に対しての、他人に対しての)は破壊される。正直で生きるなら「悟り」の世界に近付く。当然全ての自己愛は守られていく。…ということかと思います。
2009年05月08日 06:29
ちょっと補足すれば、「全ての生命の自己愛、尊厳」と嘘との関係が引っ掛かりました。私が誰かに嘘をついたとしても、公園のカラスは餌をたべるでしょう。またカラスと約束することもできません。しかし、「悟り」となると全ての生命の最上者なので、その方向に進めば、カラスの尊厳も守られる方向に進むはずである。それを台無しにするのが「嘘」だということだと思います。
あっきん
2009年05月08日 08:04
おはようございます。
時々、スマナサーラ長老の話の中で「本当の事を言った方がいい」という言葉が飛び出してくる。記憶が確かなら、心は本当の事を知りたがっているそうだ。
なので性教育・病気等事実を言うべし。
そんな訳で、私は長老は信頼できる人と思っている。
嘘を付くと心が汚れ相手を騙し真理を見出せない。
2009年05月08日 12:07
視点を少し変えてみます。「嘘をつかない」ことと「事実を語る」ということはかなり違うんですね。嘘は事実から離れること。でも事実なら何でもOKというのでもない。特に野次馬根性のマスコミ報道をみると、どうでもいい事実、知らせない方がいいのではないか?という事実まで知らせてしまってます。いかにして「どんな人の役立つ事実のみ」を知らせるか?という点は難しいとは思いますが、それがブッダの教えの特徴で「唯一の真理」たる所以だと思います。
2009年05月08日 16:02
もう少し視点を変えて、少し仏教から離れて検証してみます。これは架空の話ですが、仮にある人物を24時間見張っているとしましょう。酒を飲んでもすぐバレます。殺生するのもすぐバレます。心の怒りなどはわからないかもしれませんが、心の状態は表に出やすいのでバレるかもしれません。しかし、嘘はどうでしょうか?それが「嘘」だとわかるのは、本当の「事実」を知ってる時のみに限ります。人は全ての「事実」を知ってるわけではないので、否知らないことの方が多いので、嘘か否かはなかなか判別できません。24時間見張っていても、嘘をついているという証拠は見い出せない可能性がかなりあります。だから悪事を働いても「嘘」で誤魔化せば何とかなると考えるかもしれません。「嘘」を許容すると、全ての悪事に歯止めがかからなくなります。このようにも考えられると思います。
身の丈修行者
2015年05月08日 08:01
ワンギーサ長老本文の「・・「なぜ嘘をついてはいけないのか」についても考えてみて下さい」ですが、自分なりに思ってみました。
嘘をつくと心が曇り、そして自分が正しい生き方をしている自信がなくなり、不安定に繋がっていくように感じました。
嘘をつかないように戒めたいです。
こんせん
2016年11月09日 14:00
こんにちは。毎日ありがとうございます。
長老様が考えてみてください。とありましたので考えてみました。唯一の心理はブッタの説く慈悲。慈悲の瞑想の思いやりだと考えました。何故なら嘘は自分の利益を貪ることだと思ったからです。嘘も方便は相手への思いやりがあるので嘘でないと思います。

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