怒りには慈悲の心で勝つように不善は善で貪には布施で

ダンマパダ 223

怒り無きによって怒りに勝つように
善によって不善に勝つように
布施によって物惜しみに勝つように
真実によって嘘に勝つように


○少しでもブッダの肉声に近づくために(赤字のひらがなを3回音読して下さい。)

Akkodhena jine kodhaṃ,
あっこーでーな じねー    こーだん
怒らないことで  勝つように  怒りに
asādhuṃ sādhunā jine;
あさーどぅん さーどぅなー じねー
不善に    善によって  勝つように
Jine kadariyaṃ dānena,
じねー   かだりやん  だーねーな
勝つように 物惜しみに 布施によって 
saccenālikavādinaṃ.
さっちぇーなーりかわーでぃなん
真実によって嘘に

*日本テーラワーダ仏教協会HPに小野道雄さんのパーリ語入門講座があります。そのアドレスはhttp://www.j-theravada.net/sakhi/pali-aiueo-1.html

*日本テーラワーダ仏教協会HPに柴田尚武さんのダンマパダのパーリ語文法事項のまとめが掲載されています。そのアドレスはhttp://www.j-theravada.net/sakhi/dhp-reading-1.html

○この詩から学ぶこと

 この詩の分かり易い英語訳がありましたので、引用します。
Conquer anger by love.
Conquer evil by good.
Conquer stingy by giving.
Conquer liar by truth.

 前回この詩を掲載したのは、昨年の7月28日でした。この詩に関す短歌は次のようなものでした。
「怒り無き心が勝てば世の中は平和で静か 蝉の声のみ 」今年はまだ蝉は鳴いてませんね。

 さて、仏教の態度はいつもこのようなものです。怒らない心は慈悲も心です。相手が怒るから自分も怒るなどと情けない態度は取りません。相手が怒るならば、なおさら慈悲の心で対応するのです。悪いことをする人には、善いことで対応するのです。物惜しみをする人には与えることで対応します。また、嘘をつく人には正直という態度で対応します。

 今、四つの項目を相手と自分という関係で述べましたが、実は仏教者にとってもっと大切なことがあります。それは自分の心の問題なのです。自分の心に怒りが現れた時、慈悲の心で打ち勝つのです。悪の心があらわれた時、善の心で打ち勝つのです。物惜しみの心が表れた時、布施の心で打ち勝つのです。見栄や自分を守りたいと思う時、(実はそれは本当に自分を守ることにはならないのですが)嘘をつきたくなりますが、正直という心でその心に打ち勝つことが重要なのです。

○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200807/article_29.html

○この詩に関するスマナサーラ長老の法話(日本テーラワーダ仏教協会HPより)

http://www.j-theravada.net/howa/howa129.html
 怒りには慈しみで勝つ ~怒る人は多重に損をする~

○怒りには慈悲の心で勝つように不善は善で貪には布施で

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年06月13日 05:49
ワンギーサさん、おはようございます。何故この四つなのでしょうね。少し気になるところです。悪には他にも色々あるからです。一応私なりの答えは、「怒り、ケチ、嘘」はまさにそれで返すことがほとんどだから。ということです。自分の場合も人からの話からしても、何か文句を言われたら言い返します。ケチな相手にはそれなりのケチな応対をします。いい加減なことばかり言う嘘つきには、敢えて本当のことを言う必要はないと考えたりします。例えば、相手が無駄話するから、自分も無駄話するというケースはあまりないと思います。この場合は逆に黙ったりとか。色々な意見(邪見)については、むしろ「そうかな?」と冷静に対応するかもしれません。経験則からの判断ですが、今日の項目は「自己愛」に強く関係するように思います。怒りっぽい人、ケチで取ろうとする人、本当のことを隠す人には、自己防衛本能が強く働いてしまいます。その逆の気持ちが「慈しみ」なので、うーん、なるほど!と自分勝手に思ってしまいました。有難うございました。
あっきん
2009年06月13日 08:00
おはようございます。
布施本”一ってなに?”では、外にある物を追求するのは勘違い、慈悲の心で己によって幸せを作り出すとあり、単に心は喜びを感じたいだけとありました。怒ってばかりいると、敵だらけ。年をとるだけで心をキレイにしないと空しい人生だなと感じました。
髙橋優太
2009年06月13日 23:23
ワンギーサ先生、皆様、今晩は。
今まで怒ってしまう条件がそろうと、怒って当たり前だろうという態度をとっていました。怒りの条件がそろっても怒らないように気を付けます。生きとし生けるものが幸せでありますように。
身の丈修行者
2015年05月19日 06:23
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「怒らない心は慈悲・・相手が怒るから自分も怒るなどと・・態度は取りません・・なおさら慈悲の心で対応・・物惜しみをする人には与える・・嘘をつく人には正直・・で・・」心に響きます。
私事ですが、久しぶりに連絡を取った方が事実と違う内容含みお金が返されてない・・と言ってきました。色々思いましたが論争はやめ、謝罪金をお返し致しました。その上で当時の事実を確認し、その内容を連絡しました。
今もその事で思考が回転しがちですが、智慧と慈しみの気持ちを持って生きて参りたいです。

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