一切の形あるもの無常だと知れば心は清らかになる

ダンマパダ 277

すべての現象は無常であると
智慧によって見る時
苦から厭い離れる
これは清浄への道である


○この詩から学ぶこと

 この詩を理解する助けになるお経「過去・未来・現在」(増谷文雄著「阿含経典による仏教の根本聖典」P82 南伝 相応部経典22、9)がありましたので以下に引用させて頂きます。

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊はサーヴァッティーのジェータ林なる給孤独の園の精舎あられた。その時、世尊は、比丘たちを呼び、かように説かれた。
 「比丘たちよ、過去の物象(色)は無常であった。未来の物象も無常である。そして現在の物象も無常である。比丘たちよ、私の教えるところを聞いて、このように観たる聖弟子たちは、過ぎ去れる物象を顧み追うことなく、いまだ来たらざる物象を悦び求めることなく、現に在るところの物象を厭い嫌い、欲を離れ、滅尽に向かうのである。
 比丘たちよ、このことは、受についてもおなじである。想、行についてもおなじであり、また識について言うもおなじである。」

 上の詩で、「智慧によって見る」とは、すべての現象を、過去、未来、現在に分析してみることであり、色、受、想、行、識に分析して観察することであります。

 以上のように分析して観察することにより、すべての現象への執着が心からなくなり、心が清らかになるのです。

○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200808/article_29.html
 すべての現象無常であると一切厭い解脱する

○この詩に関するスマナサーラ長老の法話

 無常とは最高の福音 ~無常に逆らうことが苦しみの原因です~

1.無常とは存在は同義語です。
2.人は無常を知らないのです。
3.無常に逆らうことで限りのない苦が生まれるのです。
4.無常を知ることが最高の幸福です。

 パティパダー(2008年7月号)の「今月の巻頭法話」に掲載されています。残念ながら、まだ日本テーラワーダ仏教協会HPにはアップされてません。ですから、該当するパティパダーをお持ちでない方のために、スマナサーラ長老がまとめたポイントを列挙しておきました。

○少しでもブッダの肉声に近づくために(カタカナを3回音読して下さい。)

サッベー サンカーラー アニッチャー ティ
Sabbe    saṅkhārā    aniccā  ti,
一切の   現象は    無常
ヤダー パンニャーヤ パッサティ
yadā   paññāya     passati;
その時 智慧によって 見る
アタ ニッビンダティ ドゥッケー
Atha   nibbindati    dukkhe,
その時  厭い離る   苦から
エーサ マッゴー ヴィスッディヤー
esa    maggo   visuddhiyā.
これは  道     静浄の

○一切の形あるもの無常だと知れば心は清らかになる

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年07月12日 05:25
ワンギーサさん、おはようございます。今日は経典からの引用有難うございます。二度読んで、執着の不可能を説いてると思いました。しかし、思っただけではダメです。あくまで「観察」です。ただくれぐれも「過去、未来、現在」という時間についての「思考」には厳重に注意したいと思います。龍樹のような哲学的議論に陥りやすいからです。現に西洋哲学でも「時間とは何か?時間は実在するか?過去は存在したか?」等のテーマは議論され続けられてきました。これらは知識や概念の集積世界で人間が好きなことのひとつだと思います。その点に注意しながら、「過去、未来、現在」「色、受、想、行、識」に分析して観察したいと思います。分からないので楽しい課題です。有難うございました。
2009年07月12日 05:42
 ワンギーサさんへ
 痛みを感じているときは、「受である」と、分析しますか?
あっきん
2009年07月12日 07:38
おはようございます。
思い込みが強いと、無常を見る事が難しくなるかな。
三食とらないと、睡眠は沢山とる、私は偉い正しくできるとなると成長どころか堕落する。事実を観察し認める強さを持ちたいです。
ワンギーサ
2009年07月12日 22:12
ツヨシさん、質問の意図が分からないので答えられません。
ツヨシ
2009年07月13日 19:00
 ワンギーサさんへ
 「足」と観るなら、「色」と分類します。
 正しいですか?
ツヨシ
2009年07月13日 19:02
 ワンギーサさんへ
 「(痛みを)避けたい」と思うなら、「行」と分類します。
 分類の方法は、正しいですか?
ツヨシ
2009年07月13日 19:04
 足を動かすと、「動かしている」と観て、「識」と分類します。
 分類の方法は、正しいですか?
ツヨシ
2009年07月13日 19:11
 「想」は、…
 「想」は、何に対して、「想」と分類するのですか?
 たとえば、何が想でしょうか?
 「痛み」であると、「識」するための知識が、想ですか?
 
ツヨシ
2009年07月13日 19:25
 すみません。分類と書いてますが、分析のことです。
身の丈修行者
2015年05月28日 14:52
ワンギーサ長老の分かりやすい本文・解説の「智慧によって見る」とは・・現象を、過去、未来、現在に分析・・色、受、想、行、識に分析して観察すること・・現象への執着が・・なくなり、心が清らかになる・・」心に響きます。
心が感じている事の実況中継実践からそのような分析も行っていきたいです。

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