ハスの花手で折るように自己愛を切り取り捨てて涅槃に進め

ダンマパダ 285

秋のハスを手で切る取るように
自分の愛着を切り取れ
寂静への道のみを育成せよ
涅槃は仏陀の説かれたものだ


○この詩から学ぶこと

 この詩の意図は、この詩ができた因縁物語を知らないと理解できません。美しい花であるハスに意味があるのです。ブッダが教えた瞑想法は大きく分けると、サマタ瞑想法とヴィパッサナー瞑想法があります。サマタ瞑想には40種類が紹介されています。(星飛雄馬 著「初期仏教キーワード」P101~115 参照) これらはすべてマスターしなければいけないというものでなく、瞑想指導者が修行者の個性にあわせて、選択して修行させるものであります。

 ある修行者が肉体に意識を集中する不浄観の瞑想を指導されましたが、どうしても集中できませんでした。ブッダはそのことを知り、ハスの花に集中する瞑想法を教えました。その修行者はすぐに禅定に達することができました。その後、そのハスの花が萎れ、花びらが落ちることを観察して無常を悟り、完全な悟りに達することができました。この物語は、前回書きましたし、スマナサーラ長老の下に紹介する法話に詳しく書かれていますので、是非お読み下さい。この物語の趣旨は修行者に合った修行方法が必要であるというものです。

 ですが、ここでは、私は原則の重要性をヴィパッサナー瞑想の原則について復習して、学んでおきたいと思います。スマナサーラ長老の法話にも「5.(瞑想法を)自分で改良しないならブッダの指導は効果てきめんです。」と原則を守る必要性が強調されています。
1.スローモーション(熱心に)
2.実況中継(念をそなえ)
3.感覚の変化を感じとる(正知をそなえ)

 この重要性は、ブッダの「正念の定義」から伺えます。(2009年7月11日、274番の詩の説明で「正念の定義」を述べました。) それは次の通りです。「身において身を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。もろもろの受において受を観つづけ、熱心に、正 知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。心において心を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂い を除いて住みます。もろもろの法において法を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。」

 「ヴィパッサナー瞑想・・・念と正知」については、スマナサーラ長老の最近の著書「沙門果経」のP211~218に詳しく述べられていますから、是非お読み下さい。

○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200809/article_6.html
 自分にあった経典あればそれを身につけ修行せよ

○この詩に関するスマナサーラ長老の法話

実践法の向きと不向き ~瞑想指導は簡単なものではない~

1.来世ではなく今世で悟りに達せられる
2.仏道の結果は早いのです。
3.こころが読み取れないことは重荷になる。
4.結果を早めるために過去から引き継いだ能力も利用する。
5.自分で改良しないならブッダの指導は効果てきめんです。

 パティパダー(2009年2月号)の「今月の巻頭法話」に掲載されています。残念ながら、まだ日本テーラワーダ仏教協会HPにはまだアップされてません。ですから、該当するパティパダーをお持ちでない方のために、スマナサーラ長老がまとめたポイントを列挙しておきました。

○少しでもブッダの肉声に近づくために(カタカナを3回音読して下さい。)

ウッチンダ スィネーハマッタノー
Ucchinda  sinehamattano
破壊せよ  愛執 自己の
クムダン  サーラディカンワー  パーニナー
kumudaṃ sāradikaṃva       pāṇinā;
ハスを   秋の  ように     手で
サンティマッガメーワ ブルーハヤ
Santimaggameva    brūhaya,
寂静の 道を のみ  育成せよ
ニッバーナン スガテーナ    デースィタン
nibbānaṃ    sugatena       desitaṃ.
涅槃を     善逝(仏陀)よって 示された

○ハスの花手で折るように自己愛を切り取り捨てて涅槃に進め

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年07月19日 05:20
ワンギーサさん、おはようございます。瞑想実践における「原則」の重要性は法話会の質疑応答でスマナサーラ長老がよく指摘されることですね。私も初心者指導の際、「とにかく言われる通り、教えられた通りやりなさい」と強く言われました。だから瞑想で一体何を頑張るのかというと「いかにして、してはダメなことをしないでいられるか」ということ。つまり基本からずれないということになります。ところで、仏教はオープンチャレンジの世界で、教えを鵜呑みすることを批判したりしてます。長老も「五戒さえ守れば、他は何をやっても自由だ」と人を束縛しない自由な教えであることを話されたりすることがあります。しかしこれを「瞑想」の世界に持ち込むと自己流なります。実際問題として「鵜呑みにせず試しに実験してやろう」と思って赤信号を渡ったりしたら死んでしまう。世の中マニュアルで成り立っている面がかなりあります。それゆえ、瞑想を忠実に実践することに対し疑問や違和感をもつ必要はないと考えてます。マニュアル人間が敢えて大切なマニュアルを破るのはおかしいということです。有難うございました。
ツヨシ
2009年07月19日 05:49
原則を守ってみます。
髙橋優太
2009年07月19日 07:34
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。
原則をしっかり守ります。ありがとうございました。一切の過ちを懺悔いたします。生きとし生けるものが幸せでありますように。
あっきん
2009年07月19日 07:50
おはようございます。
協会のメンバーから、菩提樹の苗を頂きました。奇跡がおきています。(普段植物は枯らしてしまうのがおちなのです)数時間、直射日光であててるだけでも微妙に成長して、見ているだけでも面白いのです。修行もたっぷり時間をとって観察します。
身の丈修行者
2015年05月31日 07:11
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「1.スローモーション(熱心に) 2.実況中継(念をそなえ)3.感覚の変化を感じとる(正知をそなえ)」心に響きます。
ただやっているだけではどれだけ意味があるでしょう。是非真剣に熱心に念をそなえ正知をそなえて実践して参りたいです。

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