執着のある人々を死神は洪水のように奪い去るのだ

ダンマパダ 287

子供や家畜に夢中になって
それらに執着している人を
眠っている村を大洪水が襲うように
死神は彼を奪い取って行く(287


○この詩から学ぶこと

 この詩は今年の1月31日に紹介した47番の詩と1行目を除いて、2行目から4行目は同じ言葉なのです。

花ばかり摘んでいるように
それらに執着している人を
眠っている村を大洪水が襲うように
死神は彼を奪い取って行く(47)

 287番で子供と家畜と並列に書いていますが、昔は今でも農家では家畜は財産なのです。ですから意味には、家族や財産に執着している人ということなのです。このような人は、普通の人々です。普通の人々に死はいつ襲ってくるか分からないのです。昨日の286番と同じ趣旨です。

 日本では、神道の影響か、死は忌み嫌う傾向があります。そのため死を直視せず、考えない傾向があります。しかし、生命は必ず死ぬものでありますから、直視し、よく考えるべきではないかと思います。優れた文学作品には必ず、死が一つのテーマになっています。

 論語の中に「さらに、死についてたずねると、先生がこたえられた。『生きることさえわからないのに、死ぬことがわかろうか』」という話しがあります。(先進第十一)
 生きることがわからないから、死についても考えてみる必要があると私は思います。

 死については、明日の288番、289番でも学ぶことになります。

○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200809/article_8.html 
 子供や財産夢中な人を予告しないで死が襲う


○この詩に関するスマナサーラ長老の法話

 安心という幻想 ~命は不安で成り立っている~

1.何ももたず命は生まれる。
2.すべて持とうとする努力は破綻で終わる。
3.生きるとは矛盾の行為です。
4.こころの不安と無知をなくすことで平安に至る。

 パティパダー(2009年4月号)の「今月の巻頭法話」に掲載されています。残念ながら、まだ日本テーラワーダ仏教協会HPにはまだアップされてません。ですから、該当するパティパダーをお持ちでない方のために、スマナサーラ長老がまとめたポイントを列挙しておきました。

○少しでもブッダの肉声に近づくために(カタカナを3回音読して下さい。)

タン   プッタパスサンマッタン
Taṃ    puttapasusammattaṃ,
自分の  子 家畜 夢中の
ビャーサッタマナサン ナラン
byāsattamanasaṃ    naraṃ;
執着の意の       人を 
スッタン ガーマン マホーゴーワ
Suttaṃ  gāmaṃ   mahoghova,
眠れる  村を   大 暴流 ように
マッチュ アーダーヤ ガッチャティ
maccu   ādāya     gacchati.
死神   取って    行く

○執着のある人々を死神は洪水のように奪い去るのだ

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年07月21日 05:46
ワンギーサさん、おはようございます。忌み嫌う一方で「死」を崇高なものと美化する傾向があります。数年前『白バラの祈り』という映画をみました。ゾフィア・ジョイルというドイツ人女学生を先頭に数人の若者が、ナチスドイツに対する反戦ビラをまき、その結果グループ全員が処刑された。という実話です。余談ですが、それまで死をも恐れないイメージの主人公ゾフィも資料から、死刑確定後にショックを受けたことが判明してます。ところで、この映画の論評を『ベルサイユの薔薇』でお馴染の池田理代子さんが書いてます。詳しい内容は忘れましたが、印象的だったのが「私は学生運動をやってる時にひとつの命題に疑問があった。それは「人はイデオロギーや自己の信念のために果たして死ねるか」というものだったが、白薔薇の存在を知り、ゾフィと出会った時には衝撃を受けた」という箇所です。記憶が頼りなので細かい間違いはあるでしょうが、趣旨はあってるはずです。「死」が美化されてます。特攻隊についての私の印象もそうです。死は美化すべきものでもないでしょう。有難うございました。
ツヨシ
2009年07月21日 06:56
 破綻で終わるような、すべて持とうとする努力をやめてみます。
あっきん
2009年07月21日 07:42
おはようございます。
上を見てもきりがない。下を見てもきりがない。
拘ると失敗する。しからば欲・怒り・無知を捨ててその代わり心の向上に努めたいです。私を含めて執着すること自体暗い考えのマイナス思考だと思うのです。
髙橋優太
2009年07月21日 09:24
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。
パティパダーといっしょに「勝利の経」が届きました。しっかり勉強します。ありがとうございました。生きとし生けるものが幸せでありますように。
身の丈修行者
2015年05月31日 07:18
執着してしまうと業を生み、輪廻が続く流れに成るように感じます。
執着せず今・ここの感じている事を観察出来るように精進したいです。

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